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星は何を秘めるか?

「今日は楽しかったな!」


 ミートソースで口を汚しながらステラが言い、ちゃぶ台を挟んで向かい合う俺は「そうだな」と頷いた。


「あのゲームとやらは面白かったな。画面の中のヒトを自由に動かせるのは不思議な気分だった」

「罰ゲームで敗者が腕立て伏せするルールがなければ楽しかったな」

「レンは何回やった?」

「50回。こっちはお前の世話とバイトで体力が残ってないんだ」

「そうか、いつもありがとうな。それと、おかわり!」


 この食欲をどうにかしてくれれば、どれだけ家計が楽になることか。けれど嫌味ばかり言っても仕方がない。一応の感謝の言葉があったことに免じて、今日は言うことを聞いてやろう。


「待ってろ、今追加で茹でるから」


 パスタはあるが、ミートソースが残っていない。ありあわせの物で何か使えるものは……ソーセージと玉ねぎ、それとケチャップも十分な量がある。早速、鍋いっぱいの水を火にかけ、具材を切り始めた。


「そういえば、俺が授業受けてる間は何してたんだ?」

「マンガを読んでたぞ」

「どんな内容だった?」

「んーとな、色々読んだが……面白かったのは、ラブコメとかいうやつだ」

「ラブコメ? あいつってそんなのも読むのか……意外だな」


 陽太から勧められて漫画を借りた経験は何回かあるが、どれも王道なバトル物だった。てっきり、そういうジャンルばかり読んでいるのかと思っていたが、結構守備範囲は広いのかもしれない。


「外には面白いものがたくさんあるんだな。レンはマンガを読まないのか?」

「俺はあんまり。別に嫌ってるわけじゃないけど、時間も金も余裕が無いからな」

「じゃあゲームも持ってないのか?」

「スマホに暇つぶしのアプリなら入れてるけど、今日やったみたいなゲーム機やテレビを使ったのは持ってないな」

「なんだ、つまらないなー」

「居候が文句を言うな」

「この世界にはゲームもマンガもあって、他にも面白いものがたくさんあるんだろう? それなのにレンはもっと遊びたいと思わないのか?」

「俺だって遊びたいさ。ただ、昔から家事当番で、金も余裕がなくてな。あんまりそういうのとは縁がなかったんだよ。でも、我慢してるってわけじゃない。慣れるんだ。働いて、飯食って、寝るだけの生活でも、それが続けば苦じゃなくなるんだ」

「なんだか悲しいな」

「幽閉されて体を切り刻まれる生活よりはずっと良いだろう?」


 俺は友達がほとんどいないし、家庭も裕福ではない。それでも親戚の援助もあって大学の費用を出してもらっているし、現在ひどいいじめを受けているということもない。俺よりも不幸な境遇の人たちなんて、星の数ほどいる。ステラのような壮絶な過去があるわけでもないし、俺なんてむしろ恵まれていると言っても良いくらいだ。


「料理を作ったり掃除をしたりするのも楽しいんだぞ」

「そうか、レンは料理が好きか……ワタシはご飯を食べれて嬉しい、レンは料理を作れて楽しい。うぃんうぃん、というやつだな」

「どこがWin-Winだ」


 口では否定したものの、実際のところ、ステラの言ってることはあながち的外れではなかった。作った料理を美味しそうに食べてくれる相手がいるのは良いことだ。母親は料理の感想なんて言ってくれなかったから、そんな当たり前のことを、俺は長い間忘れていた。ステラとの取り留めもない会話は、今では俺の楽しみとなっている。ステラと出会う前の俺は、一人でいるのが一番楽だと思っていたから、こんな風に誰かと楽しく暮らす喜びなんて想像することもなかった。ステラとの出会いをきっかけに、俺の生活や価値観が変わったとつくづく思う。

 早ゆで用パスタをざるに上げ、湯を切った。空いた一口コンロに、フライパンを置き、火をかけ油を敷く。そこに切ったウィンナーと玉ねぎを入れて炒める。玉ねぎがしなしなになったら、パスタを入れ、ケッチャプにすりおろしたニンニクと少量の塩を混ぜて作ったソースを注いで一緒に和える。すると、どこか懐かしさの感じる甘い香りが部屋中に広がっていく。

 

「お待たせ。ナポリタンだ」

「うむナポリタンというのか! 真っ赤で美味しそうだな。いただきます!」

 

 ステラが不器用にフォークで巻き取ったパスタを口に運ぼうとして、フォークから少し溢し、服に赤い染みを作った。

 

「こら、気をつけろよ」


 ちゃぶ台の上に置いた濡れタオルで染みを摘まむようにして拭き取った。まだうっすらと赤く残っているが、この程度なら洗濯で落ちるだろう。


「このくらい平気だぞ」

「結構目立つだろ。こういう染みは渇く前にある程度取るのが重要なんだ。でないと洗濯しても落ちなくなる」

「じゃあ、それはもう手遅れか」

「え?」


 視線を自分の上半身へと落とすと、Tシャツの裾のあたりに赤い点がまばらに散っていた。たぶんミートソースの袋を切るときに飛んだのだろう。指で触ってみたが、服にすっかり沁み込んで乾燥している。手洗いしても完全に落ちるか怪しいラインだ。

 

「早く言ってくれよ」


 笑い交じりにステラへ文句を漏らした。


 談笑しつつの食事を終え、食器を洗っていると、ステラが後ろから話しかけてきた。

 

「レンは明日はアルバイトがあると言ってたな?」

「ああ。4限が終わったらすぐにバイト行くから、E.T.研も明日は行けない。陽太には伝えてあるから、適当に何か買って夕飯食べててくれ」

「それなんだが、明日は外に出かけてて良いか?」

「外? どこか行きたいところがあるのか?」

「そうなのだが……今は秘密だ」

「なんだそれ?」


 少しステラが変だ。言ってる内容もそうなのだが、どこか強張っているというか緊張しているようで心配になり振り返った。


「まさか天王寺のとこに――」

「それはない!」

 

 ステラが勢いよく首を横にぶんぶんと振った。

 

「もちろん一人にはならない。ヨータには話はもう通してある」

「陽太は場所も目的も知ってるってことか?」

「ああ、そうだ」

「……でも、俺には言うことができないと?」

「どうしてもだ。でも時が来れば話す。だからお願いだ」


 駄目だと言ってやりたかったが、正当な理由が浮かばない。ステラを部屋の中に留める理由はない。一人には絶対にさせてはいけないが、ステラについて最近ますます真剣に考えている陽太が付いているのであれば、危ないことにはならないだろう。むしろ、ここで彼女の行動を制限してしまえば、それは彼女の自由を奪うという点で天王寺と変わらない。ステラの幸せを願うのと明らかに矛盾する行為だ。

 

「わかった。でも絶対に危ないことはするなよ」

「ありがとうレン! では、ヨータに明日の朝迎えに来るようスマホで伝えてくれるか?」

「ああ、良いぞ」

「それと……これから何度か同じようなことがあるかもしれないが、構わないか?」

「一度だけじゃないと……仕方ない、良いだろう」

「やった!」


 ステラは小さくガッツポーズをして喜んだ。


 食器を片付けた後、明日のことについて陽太にメッセージを送ると、すぐに既読がついた。ついでに、ステラの目的地をさりげなく訊いてみたが、《乙女の秘密だよ》とはぐらかされた。俺は《その言葉を使うな》と返して追究はしなかったが、胸がざわついて深く眠れなかった。

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