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太陽にはなれない

 けたたましい音で、目を覚ました。昨日は遅くまでバイトだったから、ゆっくりしていたかったのだが、残念ながら今日から夏季休業が開ける。初日からある1限の講義は欠席が響く講義で、二度寝をかますわけにはいかない。

 横を向くと隣の布団でステラが両手両脚をだらしなく広げた格好で涎を垂らして寝ていた。あまりのアホ面っぷりに笑いが溢れたが、こいつを叩き起こして連れて行くのかと思うと億劫だ。

 あの日以来、天王寺が接触することはなかった。ステラを連れ戻さなくても計画に支障はないのか、陽太の仮説通りにステラが自分の意思で戻らないといけない理由があるのか。しかし、答えのでないことを考えていても仕方がない。

 もちろん警戒は続ける。だからこそ、大学にステラを連れて行くのだ。俺の素性まで知られているのだから、当然このアパートも知られている。そうなればステラを置いていくのこそ危険だ。人目を避けるよりむしろ、人が多い場所の方が誘拐されにくくて安全だと言える。そう言う意味では常に人が出入りしている大学はステラを守るのにうってつけだ。

 さて、何はともあれ、まずは眠り姫を起こすところからだ。ステラの頬を軽く叩くと「オニクオイシイ」と愉快な寝言を発した。夢の中でも食いしん坊なのか。


 バタバタと朝の支度をして、なんとか予定通りの電車に乗れた。通勤ラッシュより早い時間だから乗客は少なく、二人並んで座ることができた。車内の冷房とフカフカのクッションが眠気を誘うが、眠っていられるほど大学の最寄りまでは離れていない。

 スマホを開くと陽太から《起きれたか?》とメッセージが来ていた。20分前に送られてきていたが、慌ただしく家を出たから気がつかなかった。俺は《今電車乗った》と送信した。

 陽太はより一層ステラのことを守ろうと気合を入れている。俺と陽太でどうにか時間を調整して、ステラを一人にさせないように計画を立てた。俺はなんとか単位を落とさないように考えたが、あいつは5つの単位を捨てる前提でステラを見守る時間を用意した。

 しばらくして《先に部室で待っている》と変身があった。俺より通学時間が長いのに、律儀なものだ。

 それにしても、なぜ陽太はこんなに良くしてくれるのだろうか。

 俺がバイトに出ている間に頼んでいるステラの世話だって、毎回安くはない交通費がかかってるし、夜間帯であっても引き受けてくれた。

 けれど、陽太が我慢しているようには見えない。むしろこの日々を楽しんでいるようにすら見える。ステラと話すときに見せるあいつの笑顔は、長い付き合いの俺にも見せたことのない顔だ。

 考え込んでいると、電車は大学の最寄りに到着しており、ステラを連れて降りた。


「すごい! レンと同じくらいの歳のヒトがたくさんいるぞ。みんな大学に行くのか?」

「今日は早めの時間に出てるから少ない方だな。もう少し後ならもっと大勢いる」


 道ゆく学生たちはみんな肌が焼けている。誰も彼もが充実した夏休みを過ごしたのだろう。

 そう言う俺も、今年はE.T.研の飲み会に参加したし、天王寺の邪魔はあったがステラと動物園に行った。家で勉学に勤しむかバイトかの二択の昨年と比べれば、充実した夏休みを過ごしたように思う。


「レン、なんで笑っているんだ?」

「別に笑ってない」

「嘘だ。絶対に笑ってたぞ!」


 しつこく追及してくるステラを誤魔化しながら、通学路を進んだ。歩き慣れた道に、どことなく新鮮な空気を感じた。

 構内にステラを連れ込むのは何も問題なかった。校門に立っている警備員は、大学生に見えない人であっても止めることはない。なぜそこに立っているのかはなはだ疑問だが、流石に少女を無理矢理に連れ出す男がいたら止めるだろう。ただそこにいるだけで、ステラの誘拐の抑止になるのだから助かる。

 部室棟に行くと、音楽系のサークルが練習しているのか、ギターの音が聞こえた。曲名は知らないが、車か何かのCMに使われていたと思う。まだ練習を始めたばかりなのか、演奏は素人の俺でもわかるくらいに下手だ。

 しかしステラにとっては刺激的だったようで「カッコいい音だな!」と興奮していた。こういう風に、小さなことで喜べるのは少し羨ましく思う。それも彼女が長い間監禁されていた故の感性だということを思い出せば、羨むのは筋違いなのであるが。

 2階の突き当たり、E.T.研の部室に着いた。誰が描いたのか小学生の落書きのような宇宙人の絵が描かれたポスターの貼られた戸を引くと、見知った男がゴロンと寝転んだ体勢で、漫画雑誌から顔を上げた。


「うぃーす。まあ上がりたまえ」

「何で新入部員なのに我が物顔なんだよ」

「まあ、俺だけだし。金森先輩なら笑ってくれるでしょ」

「早い時間に来てくれた礼を言おうと思ってたんだが、その気がなくなった」

「ひでぇな、おい! 親しき中にも礼儀ありだろ」

「だらけた格好で漫画読んでる奴が言う台詞じゃないだろ」


 陽太の読む漫画が気になったのか「何だそれは?」とステラが陽太のところに駆け寄った。


「漫画だけど、読む?」

「こんな分厚い漫画があるのか。この間のはもっと小さくて薄かったぞ」

「あれは単行本で、こっちは週刊誌」

「なるほど、奥が深いのだな」

「よし、また一つ学んだな。この調子でジャパニーズサブカルチャーに染めてやろう」

「頼んだぞ、遊び先生!」


 遊び先生とは俺が留守中にできた陽太のあだ名だ。ステラを楽しませようと、子供用の玩具や、簡単なボードゲームを用意するから、ステラは陽太をそう呼ぶようになっていた。文字通り遊びのない俺には手に入らない称号だ。


「あんまり、ステラに変なこと教えるなよ」

「変なことってなんだよ」

「別に何ってわけじゃないけど……それじゃあ、俺は1限行ってくる。昼休みには戻ってくるからそれまで任せた」

「おう、そんじゃあな」

 

 陽太が手を軽く振った。ステラも「そんじゃあな」と陽太の真似をして手を振った。

 扉越しに聞こえる二人の楽し気な声を背に、1限の授業へと向かった。部室棟を出ても、講義の間も二人の声が耳に残って離れなかった。

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