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その光を守るため

 ステラの五本の指は五本のタコの脚に変わった。目の前で見ていたから断言できる、決して手品などではない。


「驚いて声も出ないか?」

「……これは、どうなっているんだ?」

「タコは食べたことがあるからな。あれはプリプリして美味しかった。タコだけじゃなくて他にも色々な生き物になれるぞ」

「ステラは手を他の生き物に変えることができるのか?」

「手だけでは無い。DNAとやらを摂取する必要はあるが、ワタシは体の好きな部分を他の生物のものに変えることができるのだ」


 あり得ない。しかし目の前で見せられた以上、信じる他ない。

 ステラは本当に宇宙人なのかもしれない。少なくともこんな芸当ができる人間を俺は知らない。


「ステラは本当に宇宙人なのか?」

「だからそう言っているだろう。だが宇宙人という呼び方はやめてくれ。それは差別用語だ。大体、地球だって同じ宇宙に浮かぶ惑星なのだから、オマエ達も宇宙人だろう」

「とにかく、ステラは人間じゃないんだな?」

「そう、ワタシはオマエとは違う生物だ。わかったならさっきの棒を全て寄越して、立ち去るのだ。どうせオマエもワタシを恐れるか、金儲けに利用するのだろう?」


 ステラはニヤリと怪しい笑みを浮かべながら俺の目を真っ直ぐに覗いた。

 幼なげな容姿に反して明らかにヒトを超えた能力を持つステラ。彼女に不信感を抱かれたら、どうなることか。身の安全のためにも敵意がないことをはっきりさせたい。


「いや、俺はそんなことしないよ。驚きはしたけど、俺を攻撃する気はないようだし、君の存在を世間に公表して事を荒立てるのも面倒だ」

「……そうか。それはワタシにも都合が良い」


 ステラは俺の返事に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、安堵の表情を浮かべた。


「そうか、他にもこういうヒトがいたんだな」


 聞きたいことは山ほどあるが、どうやら信用してもらえたようで何よりだ。


 さて、俺は宇宙人の少女を拾ってしまったわけだが、これから先どうすれば良いだろうか。

 ステラに告げたとおり、彼女の存在を世間に公表する気はない。

 変身能力を持った宇宙人を発見したとなれば、有名になれるが、取材やらなんやらが面倒だし、そもそも有名人なんてまっぴ御免免だ。

 とはいえ、彼女を部屋から追い出して、そのままサヨナラというわけにもいかない。彼女が誰かに捕まりでもしたら、寝覚めが悪い。

 これからの行動の指針を決めるためにもまずは情報収集だ。


「ところで、ステラはさっきヤツらと言っていたよね? 君は誰かに追われているのかい?」

「ああ、ワタシは逃げた。前にいた場所ではガラスの部屋に閉じ込められていた」

「監禁されてたってことか」

「カンキン……そう言うらしいな。それから、たまに呼ばれると、注射を打たれたり、全身のあちこちに機械をつけられたり、起きたままメスを入れられたりと、酷いことをされた……あそこは地獄だ。だから逃げたのだ」


 解剖という言葉がさっき彼女の口から出たのを思い出した。

 宇宙人といえどもステラの見た目は普通の少女だ。こんな少女に麻酔もなしにメスを入れて、体の中を調べるような連中がいるなんて、実に胸糞わるい話だ。


「逃げて正解だ。禄でもない大人からはすぐに離れた方がいい」

「レンは優しいヒトなんだな」

「優しいなんて、ただ許せないだけだよ。そうやって他人を縛りつけて尊厳を奪うような連中が」


 俺は正義感や善意で動くような人間ではないし、そういった行動原理を持つ人間がいることを疑ってすらいる。

 今湧き上がっている感情はあくまで個人的な怒りで、優しさなんかじゃない。


「それで、奴らとは……つまりステラを捕まえていたのは誰なんだ?」


 答えを聞いたらもう後戻りはできないかもしれない。

 けれど、ここで臆病になるのは自分の中のプライドが許せなかった。

 一瞬の躊躇(ためら)ったような間の後、ステラは答えを告げた。


「……天王寺桐也(てんのうじきりや)

「……っ! 天王寺だって!」


 天王寺桐也。その名前を知らない人間はこの日本で。

 スマホを取り出し、急いでその名前を検索すると思ったとおりの情報がヒットした。

 日本の医療業界の牽引役(けんいんやく)である天王寺製薬グループの代表取締役。それが天王寺桐也の肩書きだ。

 俺はてっきり政府の秘密機関や宇宙開発を行う組織が関与しているのではないかと思っていたから、彼女の口からテレビCMでも見かけるような有名企業の社長の名前が出たことに驚いた。

 だが、彼女の特異な体を研究すれば、医学にも革新がもたらされることは、専門知識のない俺であっても容易に想像できる。

 その仕組みを解明すれば、例えば、移植用の臓器だってものの数秒で作れるようになるだろう。

 いや、俺が思いつかないだけで、もっと革命的な技術革新をもたらすのかもしれない。


「ステラ、あまり無闇に変身はしない方が良い。君のその体は特別なものだ。天王寺だけでなくて、他にも君を狙う奴が現れるかもしれない」

「ああ、そうだろうな」


 ステラはどうやら自分の体が、多くの人間にとって利用価値のあるものだと分かっているようだ。

 

「もう一度尋ねるが、オマエはワタシを利用しようとは思わないんだな? そうすればオマエは大金持ちになれるんだぞ?」


 ステラは再び俺に問いかけた。

 だとすると彼女は自身の力の特異性とそれを見せるリスクを理解した上で、敢えて俺の前で手をタコに変えてみせたわけだ。遊んでいるかのような態度だったが、もしかすると、あれは俺を試す意図があったのかもしれない。

 

「……確かに、君を天王寺に差し出せば大金持ちになれるかもしれない。でも、いくら他人でも誰かを犠牲にして儲けるようなことはしたくない」

「そうか、ならばワタシのことは誰にも話さないようにな。ワタシはそろそろ行く。優しいからこそ、迷惑はかけたくない。美味いご飯をありがとう」


 ステラは、立ち上がると、玄関へ向かって歩き始めた。一瞬、寂しそうな表情を覗かせたが、すぐに背を向け、顔は見えなくなった。

 ステラの背中は、普通の地球人の少女の背中となんら変わらない背中だった。

 何にでも変身できる宇宙人。大企業が狙う特別な存在。そんな風にはまるで見えない、ちっぽけな背中だ。


「待った!」


 俺は彼女を呼び止めていた。


「今晩だけでも、いや、安全な住処(すみか)を見つけるまでは、ここにいたら良い」

 

 大企業が狙う宇宙人の少女を(かくま)う。そうすれば俺も危険な目に遭うかもしれないが、何もせずに見捨てるなんて選択はできなかった。


「本当に良いのか? オマエも危ない目に遭うぞ? それにこんな得体の知れないワタシを家に置いて、オマエは怖くないのか?」

「危険に巻き込まれるって話なら、家に上げて話を聞いた時点でもう手遅れだよ。君を見つけたのが俺の運の尽きだ。首を突っ込んだ以上、ここで見捨てるわけにはいかない」


 ただの大学生の俺に何ができるのかはわからない。けれど、少しでも彼女の助けになりたいと切実に思う。


「お人好しと言う言葉はオマエのためにある言葉だな。それでは、しばらく世話になるぞ、レン」

「こちらこそ宜しく、ステラ」


 俺は右手を差し出した。

 そこにヌルッとした冷たい物が触れた。

 見ると、ステラのタコの脚になった手が、俺の手に覆い被さっていた。吸盤はがっちりと皮膚に吸い付いている。


「なあ、その手を早く元に戻してくれないか?」

「悪いが、この変身にはエネルギーを結構使ってな。ヒトの手に戻すにはもっとご飯が必要なのだ」

「だったら、せめて早く手を離してくれ!冷たくて気持ち悪い。飯なら後でいくらでもやるから!」

「ああ、すまんな」


 張り付いていた吸盤が無理に剥がれ、手に激痛が走った。


「痛っ!」


 右手には無数の丸い跡が付いていた。


 こうして平凡な大学生男子と宇宙人少女の波瀾万丈(はらんばんじょう)な生活が幕を開けたのだった。


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