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そうして星は流れ着いた

 リサがキャリーケースを引いてやって来たのがガラス越しに見えた。キリヤは予定があるから一緒ではない。

 リサは監視役の男にキャリーケースを手渡した。監視はいつものように荷物をチェックしたが、これまでに異常があったことはないから油断しきっている。リサはその背後からスタンガンを首に当てて、男を気絶させた。男が完全に意識を失っているのを確認したリサは操作盤にパスワードを打ち込み扉を開けた。

 

「ステラ、来て!」

「リサ!」


 リサの呼び掛けに応じて、ワタシは扉を潜って外に出た。

 リサと私で気絶している男を檻の中に運び入れてドアを閉めた。扉は檻の中からは当然開けることはできない。

 

「まずは第一関門はクリアね。さ、早くこの中に入って」

「ああ、わかってる」


 監視カメラで見っ張っている警備員は、リサが用意した睡眠薬入りのお茶で眠っている。けれど、無線に応答がないことを不審に思った他の警備員が様子を確認しに行けば脱出がバレてしまう。監視カメラの映像の時間を操作しても、気づかれるのは時間の問題だとリサは言っていた。

 キャリーケースの中身の絵本や玩具を出して、代わりにワタシが入った。リサはケースの口を閉める前に「愛している」と言ってワタシの頬にキスをした。なんだかお別れの言葉みたいで、胸がざわついた。


「それじゃあ、外でまた会いましょう」

 

 リサがキャリーケースのチャックを閉めた。視界が真っ暗になる。


「ステラ、もし、この先で何かあったらの話だけどね……」


 真っ暗闇の中でリサの声が聞こえた。その声は少し震えていた。

 

「そのときは、私を置いてでも逃げてね」

「え……?」


 扉の開く音が聞こえた。リサと離れるのなんて嫌だと言いたかったが、ここからは声を出せない。

 暗闇の中、ガタガタと振動が伝わった。

 しばらくしてリサが立ち止まり、ピンポンと音が鳴った。ワタシは使ったことのないエレベーターという機械だ。これで「外の世界」への出口がある地上へ出られるらしい。ウィンという音がした後、少しだけ進み、またピンポンとウィンという音がして進みだした。

 順調だ、このまま何事もなければ――そう思ったところでジリジリジリと物凄い音がした。振動が激しくなり、リサが走り出したのがわかった。


《緊急連絡。緊急連絡。月島梨沙特務職員が最重要機密を持って逃走。1Fロビーにいる職員は職務にかかわらず至急確保されたし。特徴はキャリーケースを持った長髪の女性職員。なお、キャリーケースの中には最重要機密が入っているため、許可ない開封を禁ずる。繰り返す――》


「捕まえろ!」


 大勢の足音が迫るのがわかった。

 リサが急に止まり、ワタシを入れたケースがバタンと床に打ち付けられた。揉み合いになっているような音。リサの声と知らない男の声がした。リサを助けに出ようかと思ったが、すぐにまた進みだした。


「スタンガン持ってるぞ! 気をつけろ!」


 心臓がバクバクと跳ねた。ガタガタガタ。激しい揺れの後に、また床に叩きつけられた。


「ステラ!」


 今度こそリサが捕まったようで、ワタシはキャリーケースから出て助けようとしたが、内側からでは口を開けられない。


「リサ!」


 ワタシはついに声を上げた。外からざわざわと騒ぐ声が聞こえた。腕の筋力を上げて、力一杯に左右に押すと、口が少しだけ広き光が差した。そこに指をかけてワタシは外に飛び出た。

 リサが何人もの人に寄ってたかられて、地面に体を押し付けられていた。

 ワタシが出たのに驚いている。この隙を突けばリサを助けられる。ワタシが右手に意識を向けて、鞭のように伸ばそうとした瞬間に、リサが叫んだ。


「やっちゃ駄目! あなたはヒトとして生きなさい!」

「でも、リサが――」

「私のことはいいから! 行きなさい!」


 リサがこんなに必死になって叫んでいるのは初めて見た。

 状況がわからず顔を見合わせていた周りのヒトの中の一人が、控えめにワタシの方へ寄って来た。


「その少女を取り押さえろ!」


 聞きなれた声がした。キリヤがこちらへ向かってきている。警備員がワタシを目掛けて走って来た。

 ワタシの近くの職員が腕を掴んだ。リサを助けようとすれば、きっと多くのヒトを傷つける。もしかしたら、ダレカを殺してしまうかもしれないし、バケモノになって戻れなくなるかもしれない。それはリサが一番悲しむことだ。


「リサ、また会おう」


 一瞬の迷った後に、掴まれた腕を振り払い、リサに背を向けて走り出した。

 リサが何か言ったように聞こえたが、たくさんのヒトの声にかき消されて聞こえなかった。

 ガラスの扉がひとりでに開き、ついにワタシは「外の世界」へと飛び出した。

 カナカナカナ。ジジジジジ。聞いたことのない音が耳に入って来た。エアコンとは違う気持ちの良い風が頬を撫でた。天井があるはずの場所には、絵の具で塗ったみたいなオレンジ色が広がっていた。遠くに見えるあの光の球が太陽だ。あの光が全てをこんなに綺麗に色づけている。

 ワタシは泣いた。初めての感動に。そして、その感動をリサに伝えられない悲しみに。それでも、ワタシは足を止めなかった。リサの願いを叶えるために、止まってはならないと思った。

 ワタシはヒトより速く走れるが、しばらくすると車が後を追ってきた。本で見た車は可愛かったが、物凄い速さでワタシに迫る鉄の塊は怖かった。大きな車では入ってこれないだろうと、森の中へ飛び込んだ。後ろの足に蹄を生やせば地面を強く蹴って速く走れることに気づいて、2足と4足、ヒトとケモノを切り替えながら暗い森の中を走った。

 しばらくしてもう追いつかれないだろうと思い、走るのを止めたころには、すっかり暗くなっていた。

 暗闇の中で、光が差している場所を見つけた。地面が何か反射して光っている。近づいてそれが水たまりだとわかった。走り続けて乾いた喉を潤そうと、ワタシは側へ寄った。

 すると、水たまりに白い光が浮かんでいた。なんだろうと思い、水面に触れてみると、それは水面と一緒に揺れた。

 上を向いた。その光は水たまりではなくて空に浮かんでいるものだった。あれが月。想像以上に綺麗だった。蛍光灯の光とは違う心の奥にまで沁み込んでくるような優しい光だ。そして、その周りの砂の粒のような光が星。

 リサの名前、月島梨沙の月。そしてステラが星。本当に月がお母さんで、星が子供みたいだ。

 また、ワタシの目から涙がこぼれた。この空をリサと一緒に見たかった。思ったことを直接伝えたかった。一人では何をすれば良いのかわからない。

 悲しみと不安に駆られながら、空を眺めていると、そこに光がすっ、と駆けていった。あれがリサの言っていた流れ星。

 ワタシは流れ星の駆けた方向へと歩いていた。なぜだか、リサがワタシを導いているように感じた。

 しばらく歩いていると木々の間から、光が見えてきた。地面にも星が広がっているなんて聞いていないと不思議に思いながらも、そっちに向かった。森を抜けると、空の星よりも力強い光が下に広がっていた。

 その光に惹かれて下っていくと、それが街だとわかった。聞いたとおりにヒトがいっぱいだった。顔も声も服装も違うヒトが、こんなにたくさん歩いている。それが不思議でならなかった。


「あなた、裸足でどうしたの?」


 皺の入った女のヒトが話しかけてきたが、ワタシは怖くなって逃げた。その後も何人かに話しかけられて、その度に逃げた。

 でも、ずっと走り続けたせいで、とうとう疲れ果てて意識が遠くなってきた。何か食べられるものと、眠れる場所はないかと、ぼんやりした頭で考えていると、食べ物の匂いがする箱を見つけた。ここならば、ヒトに見つからないし、食事もできる。そうして箱の中で食べ物を探していたが、十分な量がなく、エネルギーが切れて眠ってしまった。

 そして目が覚めたら、レンがいたのだ。

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