崩壊と変化
リサに会えない日が続いた。
ワタシを使った実験は日に日に過激になった。起きたまま目・耳・鼻・舌を順に取り除かれ、再生した後の機能を調べられた。数えきれないほどたくさんの毒を飲まされたり注射された。頭に穴を開けた後に記憶を確認された。水も食べ物も与えずに飢えさせられた。上半身と下半身を切り分けられたこともあった。
何度も意識を失っても、しばらくすればワタシは起き上がり、身体は元通りになった。
けれど、心はそうじゃなかった。ワタシはワタシがわからなくなっていった。キリヤや他の研究員に訊いても答えてくれなかった。手も足も心臓も脳みそも、ワタシの全身で壊されたことがないものは存在しない。全部壊されて再生したものだ。今のワタシは元のワタシと同じなのか? ワタシはヒトでないならナニモノなのか? 誰に訊いても答えてくれなかった。
リサならワタシに答えを教えてくれるかもしれない。ワタシは「リサに会わせてくれ」とキリヤに何度も頼んだが受け入れてもらえなかった。
そうしてワタシは希望を持つことをやめた。こんな辛い日々も慣れてしまえばただの退屈だ。リサと過ごした幸せな時間を忘れてしまえば、今が苦しいと感じなくなるはずだ。全てを諦めて、早く慣れようとした。
だけど、もっと深い絶望がワタシを待っていた。
ある日、キリヤに実験室に連れられると、研究員が取り囲む真ん中に知らない男のヒトが立っていた。キリヤは手に持っていた箱から注射器を取り出した。ワタシはまた薬か毒を注射されるのだろうと左手を差し出したが、そうはならなかった。キリヤは「今からやることをよく見ておけ」と言うと、男に注射器を刺して、吸い出した血を試験管に注いだ。何か変だと思いながら、ワタシはそれを見ていた。
キリヤは試験管を渡して、飲むようにと言ってきた。血を飲むように言われたのは初めてだったが、毒や薬であればたくさん飲んできたから、あまり抵抗は感じなかった。
言われた通り飲んでみたが、鉄臭い味がしただけで、何も起きなかった。
ワタシに何も変化がないことを確かめたキリヤは、男の耳元で何か言った。すると男は服を脱ぎ出した。男の裸なんて見るのは初めてのことだった。股にはワタシにはない変なものがぶら下がっているし、体は毛深かかった。
ワタシが男の裸に驚いていると、キリヤは男の体を触るように言った。ワタシは恐る恐る男の体を触った。ワタシやリサと違って硬い筋肉。体のいろんなところに生えた毛はごわごわしていた。ワタシが男の体を触っている間、男はワタシのことを見てニタニタと笑っていた。その顔がすごく気持ち悪かった。
しばらくしてキリヤが言った。
「血の中には人間の体の設計図が含まれている。だから血を飲んだ君は彼の体の設計図を持っていることになる。君はその設計図を使って、自身の肉体を再構築するのだ」
「再構築って言っても、ワタシは何をすれば……」
「想像しろ。彼の身体を見て、触って、君との違いを理解しただろう。その違いを消すようにイメージするのだ」
キリヤに言われた通りにやろうとしたが、ワタシの身体はこれっぽっちも変化しなかった。
「仕方ない、手伝ってやれ」
キリヤが命じると研究員が集まって、ワタシの服を脱がせた。
「どこが違うか、これでわかり易くなっただろう。ほら、胸には毛が生えているだろう。今のは捨てろ」
研究員がワタシの胸を削ぎ落した。削がれた皮膚を再生させるとキリヤが「やり直せ」と言ってもう一度削がれた。
「元の形へのこだわりを捨てろ。その姿かたちは君の本来のものではない。その男と自分を同一の存在だと認識するのだ」
痛みに耐えながら言われた通りにやってみたら、前よりも硬くて毛むくじゃらな胸が出来上がってきた。
「いいぞ。だがまだ不十分だ。ほら股のあたりが違う」
ワタシの股が開かれて、股間をナイフで抉られた。そこに前のワタシにはなかった突起が生えてきた。
「その調子で全身をやれ。壊さなくても変えられるはずだ」
痛いのは嫌でキリヤに言われた通りやろうとしたけれど上手くできなくて焦った。
そうすると男が裸のまま私に抱きついて体を擦りつけてきた。怖くて気持ちが悪かった。
「できるまで終わらないぞ。ほら、同じになれ。一つになれ」
ドクンと、強い衝撃がワタシの体に響いて、頭が真っ白になった。すると、ワタシの皮膚が男の皮膚に吸い付いた。男は声を上げて驚いて、ワタシを突き飛ばした。床にぶつけたお尻が硬かった。全身の皮膚が波打ち、色が変わっていった。
野太い悲鳴が聞こえた。あまりの変わりように、それがワタシの声と気がつかなかった。
研究員が騒いで、キリヤが拍手をして喜んでいた。ワタシの地獄が始まった日と同じ光景に、もう一段深いところへ落ちてたことを理解した。
研究員の一人が大きな鏡を持ってきた。そこには、目の前の男を一回り小さくした、ナニカが立っていた。子供のような小さい体に、アンバランスな大人の男の顔がついていて、気持ち悪かった。
ヒトの出来損ないみたいなバケモノに悲鳴を上げると、さっきも聞いた野太い声と共に、鏡の中のバケモノが顔を歪めた。




