流れ星は孤独を知った
今回、残酷な描写が含まれます。
作品設定にて「残酷な描写あり」の項目を追加しました。
連載の途中での作品設定の変更になり、特にそういった描写が苦手な方には、申し訳ございません。
柔らかな腕の中でうたた寝をしていた。それが一番古い記憶だった。リサは最初からワタシの側にいた。
キリヤの研究所がワタシの知る世界の全てだった。ガラスの檻の中で実験ばかりの日々を送っていることをおかしいとは思わなかった。別の部屋でワタシと同じような子供が同じように過ごしていると教えられていて、それを信じていたからだ。
だから辛くはなかったけれど、とても退屈だった。キリヤは偉そうだし、他の研究者はワタシと話してくれない。
そんな灰色の生活の中でリサだけが唯一の光だった。
リサはワタシの世話係で、読み書きを教えてくれたり、楽しいお話をしてくれた。中でも好きだったのが「外の世界」の話だ。そこには、沢山のヒトがいて、天井の代わりに大きな青色が広がっていて、夜になると星が輝く。「外の世界」のお伽話はワタシの大好物で、リサが来るたびにワタシは欲しがった。リサの方もワタシに話を聞かせるときはいつも楽しそうにしていて、二人で過ごす時間は特別だった。
大好きなリサのおかげでそれ以外の好きじゃないことも全部許せた。嫌なことを全部耐えて、いつかリサのような素敵な大人になるんだと夢見ていた。
けれど、ある日突然にその夢は崩れ去った。
その日はリサが来ない日だった。キリヤがいつものようにワタシの手を引いて別の部屋に連れ出した。
連れてこられた部屋には大勢の研究員が椅子を囲んでいた。ワタシはそこに座らせられると、体を椅子に固定された。それから研究員の一人がメスを取り出して、ワタシの左腕に傷をつけて血がたらたらと流れた。
ここまではいつものことだった。普段はこの後に包帯を巻かれて、時間を空けて傷の治りを見られる。健康な大人になるためには傷を早く治さないといけないと言われていたが、このときのワタシは何度やっても傷が消えるのに1日はかかっていた。いつもの実験かとつまらなく思っていたが、その日はすぐに包帯を巻かれなかった。そこで初めておかしいと思った。そういえば、研究員が多いし、拘束もきつくされている。違和感を覚えた途端に不安になった。
「左手、指」
キリヤがそう言うと、研究員の一人が鉈と金槌を持ってきた。ギラリと黒ずんだ銀色に光る分厚い刃が、ワタシの左手の5本の指の当てられ、じわりと血が流れ出た。普段の実験である程度の痛みには慣れているが、この恐怖には耐えられずに、ワタシは叫んだ。
「やめて!」
ワタシの声を無視して、研究員が金槌で鉈をガンと叩いた。肉が裂ける痛みに悲鳴を上げた。悲鳴が途切れる間もなく2度、3度と繰り返された。涙でぼやける視界の中に、左手の指が全て落ちて、指の断面が蛇口みたいに血を噴いているのを見た。ワタシはパニックになって声にならない声でわめいた。
「右肺」
右胸に杭を打たれた。喉を血が昇り息ができなくなった。何度血を吐いてもずっとずっとせり上がってくる。胸に空いた穴から空気がひゅうひゅうと出たり入ったりするのがわかった。ワタシは経験したことのない痛みに意識を失いそうになった。
「起こせ」
首に何か注射された。すると全身に電気が走ったような感覚がして、全身が燃えるように熱くなった。ワタシは笑っていた。血を吐きながら、苦しくて堪らないのに、意味も分からず笑っていた。
「心臓」
左胸に杭を打たれた瞬間。ワタシの中で何かが弾けた音がした。
左胸の肉が杭を掴み、研究員が引き抜こうともがいていた。ワタシはそれを頭突きで跳ね除けた。拘束されて普通なら頭が届かない距離を首が瞬時に伸びて届いた。ぼたり、と杭が床に落ちて、左右の胸の穴が塞がった。それぞれの指の断面から糸伸びて、切れ落ちた指の断面を捕まえた。水たまりのように床に広がっていた血が足から身体を昇っていき、傷口から身体の内側へと潜っていった。
「バケモンか……」
ざわざわと騒ぐ研究員の中の誰かがそう言ったのを聞いた。キリヤは拍手しながら何か興奮気味に話していた。
ワタシがヒトではないことを初めて知ったのはこのときだった。そこから悪夢のような日が始まった。




