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王者の余裕

 天王寺(てんのうじ)桐也(きりや)。医療業界のリーディングカンパニーとして名高い天王寺製薬の代表取締役。それは表の顔で、裏ではステラを拘束して非道な実験を行なっていた悪党である。

 なぜ見つかったのか、いつから付けられていたのか、疑問はいくつもあるが、あまりに急な会敵であったため脳の処理が追いつかない。

 だが、ステラは違った。一気に間合いを詰めて天王寺に殴りかかった。その腕は、歪に肥大化して腕というよりも肉の塊になっていた。

 考えるより先に体が動き、天王寺とステラの間に割り入った。驚きと困惑を目に浮かべるステラ。直後、左肩に痛みが走った。ステラの小さな体では拳の勢いを止めることはできず、なんとか軌道を逸らすのが精一杯だったようで、肩を(かす)めた。バランスを崩して倒れかかったステラの体を胸で受け止め抱きかかえた。

 ステラの体は明らかに縮んでいた。殴りかかった拳とは逆の左の腕に至っては、そこになく、ワンピースの袖がひらひらと揺らいでいた。全身の筋肉を右腕に集中させたのだろう。巨大な肉塊となった右腕に引っ張られて倒れそうになったステラを支えると俺までもが想定以上の重さに転びそうになった。

 肥大化した右腕を見ると、黒や茶に、白と色の違う毛がでたらめに生えており、ところどころにカニの甲羅や貝殻のようなものが点在しており、肘のあたりからは昆虫の脚のようなものが伸びていた。いくつもの生物の要素を無理やりに合成したようなその腕は、ただ力任せに殴ることだけを考えた結果なのだろう。

 

「レン、どうして……!?」


 胸にもたれかかったままステラが顔を上げた。上目遣いの瞳にからは涙がぽろぽろと溢れていた。


「俺は大丈夫だ」


 ステラの背中をさすると、少しずつそこに肉が戻っていき、それと同時に歪な腕は溶けるようにして元の少女の腕に戻っていった。

 そこで、はっとして、あたりを見回したが、近くには誰もいなかった。これだけ混雑した動物園で誰も周りにいないというのは不気味であるが、とにかくステラの変身を目撃されなかったことは幸いである。


「やはり本質は獣か」


 振り返ると、天王寺がにたりとした表情を浮かべて嘲笑っていた。あれだけ太く強靭な腕で力一杯に殴られたとしたら、命の危険もあっただろう。実際割って入った俺自身も冷や汗が止まらない。それなのに、天王寺の顔には怯えや動揺は一切見えない。


「その姿がよほど気に入ってるんだな。別人に姿を変えた方が私から隠れるのには都合が良かったろうに……月島(つきしま)梨沙(りさ)の娘にでもなったつもりか? だが、君は所詮、人間になることなどできはしない」

「黙れ。リサは私を人間だと言ってくれた。リサを否定するな!」


 リサ……かつてステラが語っていた大切なヒト。それがどんな人物なのか知らない俺には、ステラの気持ちを理解することはできない。けれど今、ステラと彼女の大切な人を侮辱され、腹の底から沸々と怒りが湧き上がっている。さっきステラの攻撃を止めるべきではなかったと後悔すらしているほどだ。

 ステラを後ろ手に遠ざける。腹の底の見えない天王寺に足がすくむが、それでも精一杯の敵意を向けて睨みつけた。


「ステラはお前の物なんかじゃない。一人の人間だ。絶対に渡したりなんかしない」

「おっと、まだ用件を伝えていなかったね。私としたことが飼い犬の躾に夢中になっていたよ」


 天王寺の芝居がかった話し方が神経を逆撫でする。

 

「まず前提として伝えておきたいのだが、私はそれを無理に連れ戻すつもりはない」

「そんな言葉、信じられるか?」

「帰って来て欲しいのは山々だが、揉め事を起こすのは私としても不本意だからね」

「だったら、お前は何をしに来たんだ?」

「提案だよ。あくまで選択は当人に委ねるべきだからね」

「ワタシはオマエのところになんか戻らないぞ!」

「あくまで強要はしない。だが、これは君にもメリットのある話だと思うのだがね?」

「オマエの話なんて聞いてやるか!」


 ステラが天王寺に食ってかかる。だが、その直後、耳を疑いたくなる音が鳴り響いた――ぐ〜。

 聞き慣れた、しかし、この緊迫した場面には似つかわしくない音の発生源は、無論ステラの腹であった。ステラは恥ずかしさで顔を真っ赤にし、目に涙を浮かべながらも、天王寺を睨み続けている。呆れて物も言えない。


「商談の前に、まずは腹を満たした方が良さそうだね。安心したまえ。無論、私の奢りだ」


 天王寺が不敵な笑みを浮かべた。

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