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おかしな少女

 自分の部屋に名も知らない少女が横たわる光景はなかなかに異様だった。

 ()ぶって部屋まで上げ、新しく敷いた布団の上に寝かせてみたものの、果たして自分の判断は正しかったのだろうか。

 最初は酔っ払いかとも思ったが、見たところ中学生か高校生くらいの歳のようでとても成人しているようには見えないし、酒臭くもない。

 水色のパジャマのような服は年頃の少女が着るものというよりは、入院患者が着るような飾り気のない服で、これを着て外出することがまずおかしい。

 家出だとしても、ゴミの中で眠る理由には見当がつかず、訳アリなのは間違いない。

 警察を呼ぶべきか、それもとも、まずは起こして事情を聞いた方が良いのだろうか。

 しかし、気持ち良さそうに寝る彼女の表情を見ると、叩いて起こすのもなんだか悪い気がした。

 部屋に上げたは良いが、その先の行動は一切考えていなかった俺は頭を抱えた。

 普段であれば厄介ごとに首を突っ込むようなことはしないはずなのに、なぜこんなに大胆な行動を取ってしまったのか自分でも不思議でならなかった。

 家族から虐待でも受けて逃げてきたのではという考えが過った直後、まさに体が勝手に動いていたといった具合に彼女を抱えていた。

 赤の他人の家庭事情なんて構っていられる暇などないのに、なんてことをしてしまったんだと後悔しても、部屋に上げてしまった時点でもう遅い。

 俺は諦めて彼女が起きるのを待つことにした。

 しかし、少女の隣でただ待つというのも手持無沙汰で、散らかった部屋の片付けを始めた。

 俺の部屋はゴミ屋敷とまではいかないが、男の一人暮らしだ、他人に見せられる部屋とは言い難い。

 彼女を起こづと悪いから、静かに、それでいて忙しく動き回り、部屋を片付ける。

 積み重なった洗濯物を押し入れに隠し、部屋の至る所に置いてあるペットボトルや空き缶、ティッシュやガムの包み紙などをゴミ箱に投げ入れる。

 それから、ちゃぶ台の上に出しっぱなしにしていた食器まとめて流し台に運んで――フォークがシンクに落ち、金属音が部屋中に響いた。


 大きなあくびが後ろから聞こえ、少女の方を振り返ると、硝子のような瞳と目が合った。


 突如、少女は布団から後ろ向きに飛び跳ね、部屋の隅で俺をキッと睨み付けて、獣のような唸り声を上げた。


「いや、違う! 変な事をしようとしたわけじゃない! あんなところで寝てると危ないと思って……」


 俺は少女の異常な行動に戸惑いながらも、敵意剥き出しの彼女をどうにか宥めようと試みた。


「オマエ、ワタシをどうするつもりだ。ヤツらの元に連れていくのか?」


 奴ら? 彼女は誰かから逃げて来たのだろうか?


「どうもしない。俺は君のことなんか知らない。偶然、ゴミ捨ての中で寝てる君を見つけただけだよ」

「ここはどこだ。なんでワタシを連れてきた」


 やはり年頃の女の子を勝手に部屋に上げる選択は失敗だった。訴えられたらおしまいだ。


「ここは俺の部屋だよ。ただ俺は本当に何もしていないし、する気もない! あんなところで女の子が寝てたら危ないし、酔っているのなら()()しようと思って連れて来ただけなんだ」

()()だと!やっぱりオマエはヤツらの――


 ぐ〜〜〜。


 間抜けな音が部屋に響き、緊迫した空気をぶち壊した。その音の発生源はどうやら彼女のお腹のようである。

 彼女は顔を赤らめながらも尚、こちらを睨み続けたが、目には恥ずかしさで涙を浮かべていた。


 俺は彼女を警戒しながら、後ろ手に冷蔵庫の扉を開けて、魚肉ソーセージを一本取り出した。


「これ良かったら」


 袋を破きながら、ゆっくりと彼女に近づき、それを差し出す。

 彼女は俺の目をじっと見つめた後、魚肉ソーセージに顔を近づけてくんくんと匂いを確かめると、俺の手から奪って一口齧った。


「うまい」


 そう呟くと、彼女は飢えた獣のようにがっつき、ソーセージをあっという間に喰らい尽くした。


「オマエ、良いヤツだな」

「そして君は変な奴だ」

「ワタシを馬鹿にしているのか?」

「馬鹿にしているわけじゃない。ただ、あんなところで寝てたし、魚肉ソーセージも知らないみたいだったし……一体どこから来た誰なのか教えてくれないか?」

「なんでワタシが話さないといけないのだ?」

「もう一本これをやるよ」

「良いだろう、話してやる」


 案外ちょろいな、と心の中でツッコミを入れつつ、追加の魚肉ソーセージを渡した。少女は受け取ると、歯でビニールの包装を千切り、一齧りでソーセージの半分を食べた。


「ワタシはステラ。オマエの名前はなんだ?」


 ステラ。長い黒髪を持つ彼女は日本人のように見えるが、ハーフなのだろうか。

 そうでなければ、厨二病だ。むしろその方が一連の奇行に合点がいく。


「俺は星見(ほしみ)星見蓮(ほしみれん)。それで、ステラは何であんなところで寝てたんだ?」

「お腹が空いたからだ」

「は……?」


 お腹が空いたから、ゴミ収集箱の中に入る?意味が分からない。


「歩いていたら良い匂いがしたのだ。まあ、食べれる物は少なかったが、それでもちょっとは満たされた。それに、柔らかい床もあったから、すぐに眠れたぞ。」

「え、待った。食べたのか、ゴミを?」

「ん、透明な袋の中に入っていた食べ物なら食べたぞ。あれがゴミなのか? この棒ほどではないが美味しかったぞ」


 彼女はそう言うと、ソーセージの残り半分を一口で飲み込んだ。


 完全にやばい()だ。俺は彼女を部屋に上げたのを後悔した。こんな頭のおかしい人間とはこれ以上関わりを持たないのが得策だろう。


「ところで、ステラの家はどこなんだい?」

「ワタシに家はない」

「そんなことはないだろう……じゃあ親とか家族は? 君一人で暮らしているなんてことないだろう」

「親は……いない。親代わりになってくれたヒトはワタシを外へと出して逃げるように言った。ワタシを待っている男もいるが、アイツはワタシを子としては扱わない」


 養子か、連れ子か、とにかく複雑な家庭のようだ。もっとも全てが彼女の妄言でなければの話だが。

 訳アリでも、悪ふざけや妄想の類だとしても、ここまで異常な行動を繰り返すようでは話にならない。

 さっさと素性を聞き出して、夜が明けたら帰ってもらおう。


「誰にでも帰らないといけない場所があるものなんだ。たとえ君にとって居心地の悪い場所だとしても、そこが君の家なんだ。あんまり我儘を言うもんじゃないよ」


 我ながら心にもないような綺麗ごとがすらすらとよく出るものだと思った。

 

「帰らないといけない場所か……もしワタシにそんな場所があるとしたら、それはとても遠く離れた場所だろうな。帰ろうにも手段がない」

「遠くたって帰れないことはないだろう?一体どこから来たって言うんだ?」


 ステラは黙って、天井を指差した。


「この家の天井が家だって言うのか? ネズミじゃあるまいし」

「違う、もっと上だ。私は空から、この星の外から来た」


 呆れて溜息が漏れた。厨二病で確定、それもかなり重症だ。

 本気で心配して彼女を部屋に上げた自分が馬鹿みたいに思えてきた。


「つまり君は、自分は宇宙人だって言ってるのか?」

「宇宙人。その呼び方は気に食わないが、確かにワタシはこの地球の外から来た。オマエ達の言う宇宙人で間違いない」

「お前のような宇宙人がいるか。まるっきり地球人の見た目をしてるじゃないか。宇宙人っていうのは、もっとヌメヌメしてたり、タコみたいだったりするものだろう」

「ああ、タコか。それなら知ってるぞ。じゃあワタシがタコになったらオマエは信じるのか?」


 言ってる意味がわからず、なんて言葉を返したらいいのか考えていると、ステラは突然に広げた手のひらを眼前に突き出した。

 俺は彼女の意図が全く読めず、ただポカンとすることしかできなかった。

 

「よく見ていろ」


 ステラはそういうと、力むような声を上げた。

 漫画で見た技を練習したがるような年頃なのだろう。仕方がないから、もう少しだけこの頭のおかしな少女に付き合ってやるか。

 俺は生暖かい目で彼女の手を見つめた。


 ふいに彼女の指先からツーっと透明な液体が垂れ始めた。


「は?」

「驚くのはまだ早いぞ」


 溢れ出した透明な液体が、彼女の手のひら全体を包み込む。

 そして今度は手の色が赤みがかり、質感も徐々にヌルヌルとしたものへと変わっていった。それから指がニュルニュルっと伸び、吸盤が浮かび上がり――あっという間に彼女の手は、タコの脚そのものになった。


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