出会いに乾杯を
「予約の金森です」
店の入り口で金森さんがを告げると、「こちらです」と店の奥に案内された。
長テーブルにずらりと並んだ、いかにも体育会系といった感じの集団が手拍子を入れて何か歌っているのが目に入った。金髪でガタイの良い男が立って腰に手を当てながらジョッキ一杯のビールを喉に流し込んでいる。噂に聞くコールという文化だ。一気飲みの危険性がこれだけ騒がれていても、ああいうことをする連中がいることが信じられない。
「なんだか楽しそうだな」
「ステラ、見るんじゃない」
ステラの教育的にまずいのではないかと思ったが、案内されたのは奥ばった個室で、さっきと比べると少しは落ち着いた雰囲気で安心した。
金森さんと木原教授が奥に並んで座り、その向かいに俺と陽太でステラを挟んで座った。
「そういえば二人はもう合法?」
「俺は二十歳で、こっちは19です」
陽太が答えるまで俺は成人しているかの確認だと理解できなかった。
「飲みたければ構わないからね。私がいるからといって怯える必要はないよ」
木原教授がドリンクのメニューを渡しながら言った。寛容な人であるのは分かったが、教育者として今のはかなりまずい発言ではないだろうか。
「僕は飲みません」
「そうかい、今どきの学生は真面目だな。私の頃とは違うようだ」
ノリが悪いと思われてないか心配で表情を伺ったが、木原教授はさして気にしていないようだ。もっとも、どんな反応をされても俺は酒を飲むつもりはない。社会のルールは守るべきだ。
「そんじゃ、俺は生で」
陽太は先月成人したばかりな割にやけに小慣れているように見えた。
結局、俺はジンジャーエール、陽太と木原教授が生ビール、金森さんがレモンサワー、ステラがオレンジジュースを頼んだ。
「ところで、どっちが朴元君でどっちが星見君なんだい?」
木原教授はどうやら俺たちの名前だけを金森さんから聞いているようだが、まだ顔と一致していないらしい。
「当ててみてくださいよ」
陽太がニヤニヤしながら言うと木原教授は「んー」と考えるポーズを取った。
「そうだな、何だか君は明るい感じがするから、君が陽太君かね?」
陽太は名前と印象がぴったりだから、きっと誰でもこのクイズは正解できる。
「残念、俺はステラです」
「ステラはワタシだぞ!」
どっと笑いが起きた。ステラは漫才の概念なんて知らないだろうが、なかなか良いツッコミだった。陽太の生んだ笑いによって空気が柔らかくなった。こうやって初対面の人に対しても果敢にボケをかます陽太の度胸は流石だと思う。
「今日は君らの好きなものを頼みたまえ、値段は気にしなくていいよ」
木原先生がそう言いながらメニューをこちらに渡した。
「それじゃあ私は黒毛和牛のサーロインと……」
「新入生優先だ」
「私、先生の格好いいとこ見てみたいな♥」
「生憎と格好悪いおじさんなもんでね」
金森さんが木原教授の肩に手を乗せたのを、教授は見向きもせずに軽く手で払った。なんだか、いかがわしいやりとりを見ている気分になった。
「定番どこでポテトフライと、焼き鳥いっとくか……ステラちゃん何食べたい?」
「ワタシは……全然わからん。知らない食べ物ばかりだ」
眉に皺を寄せてメニューを睨みながらステラが言った。それを見て木原教授が笑う。
「そりゃ酒のつまみは知るわけないか。まだステラちゃんには早い場所だったね」
ステラだけでなく俺も居酒屋に来るのは初めてなのだが、そうとわかれば木原教授は今みたいに笑うのだろうか。少なくとも驚かれはするだろう。
「蓮はどうする?」
「俺はいい。任せるよ」
不慣れなところを見せて恥をかきたくはない。定番がどうとか言っている陽太にここは全て任せて乗り切ろう。
陽太が再びメニューに目線を落とすと、店員が飲み物とお通しの塩キャベツが運んできた。お通しが出てきたところで、居酒屋に来たという実感が一層強くなった。貧乏生活の支えになっているキャベツという身近な野菜が、ここでは遠い異国の野菜のように見えた。
「注文いいですか?」
「はい、どうぞ」
「山盛りポテトフライとおまかせ10本をタレと塩で一皿ずつ、それとタコわさとエイひれ……とりあえず以上で」
俺と違って陽太はなんだか様になっている。というより、大学2年にもなって居酒屋に翻弄されている俺が世間一般からずれているのだろう。
「それじゃあ乾杯しましょうか。先生、お願いします!」
「こういうのは部長の金森君がやるべきだと思うがね。まあ仕方ない……それでは、E.T.研の愉快な新メンバーに、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
グラス同士がぶつかり心地の良い高音が響く。乾杯の文化を知らないステラも真似てオレンジジュースで満たされたグラスを突き出した。
つくづく今日は妙な感覚がする。自分が居酒屋という空間で、会ったばかりの人も含めた5人で卓を囲んでいるというのが、どうにも現実味がない。まるで自分じゃなくてドラマの主人公の目線を通して世界を見ているようにも思える。ジンジャーエールの炭酸の刺激だけが自分をこの場に繋ぎ止めていた。
「やっぱ夏は冷たいビールに限るわ!」
二十歳になったばかりなのに毎年ビールと共に夏を過ごしているように言うな、と心の中で陽太にツッコみを入れた。
「おや、若いのにわかってるじゃないか」
陽太と木原教授はすぐに仲良くなりそうだ。二人は追加のつまみに何を頼むかメニューを見て話し始めた。注文を決めるだけなのにやけに盛り上がっている。
「ホシミンはいつになったら飲めるの?」
金森さんがふと俺に尋ねた。さらっと渾名で呼ばれたので、一瞬自分のことだとわからなかった。
「あんまり飲む気はないんですけど、来月の21日で二十歳になります」
「そっか、もうすぐだね。じゃあ誕プレ考えとくね」
「そんなプレゼントなんていいですよ」
俺は他人と比べて誕生日を祝われた経験が少ない。小学生の頃はともかくとして、ここ何年も陽太が飯を奢ってくれたりとかその程度だ。だから知り合ったばかりの金森さんからプレゼントを貰うのは気が引ける。
「誕生日にはプレゼント、いいな。ワタシはもらったことない」
「え! ステラちゃん誕生日いつ!?」
「ワタシは……8月の13日だ」
「つい先週じゃん!」
それは俺がステラを拾った日だ。ステラにとっては天王寺から逃れ自由を獲得した日。宇宙人のステラに誕生日なんてないはずだが、彼女なりに機転を利かせたのだろう。
「ねえ、ホシミンはなんでこんな可愛い従姉妹ちゃんに誕プレの1つも買ってあげないのかな?」
生活費を稼ぐのでやっとで、プレゼントなんて買う余裕はない。そもそも誕生日とか関係なく、食事や寝床、生活の全てをステラにプレゼントする日々を送っているのだ。しかし、ここで買えないと言ったら金森さんは許さないだろう。
「……ステラ、何か欲しいものあるか?」
「レンがワタシに何かくれるのか!」
ステラが期待の眼差しを俺に向ける。
金森さんはニッコリと満足げな表情を浮かべた。
「んー、欲しいものか……」
「物じゃなくても良いんだよ。例えば、どこか連れて行って欲しいところとか」
「そうか、ではワタシはどうぶつ園に行きたい!」
「ふーん、ステラちゃんは動物が好きなんだ」
「キンリやゾウをワタシの目で見たいのだ!」
「ステラちゃんは可愛いね」
はしゃぐステラに金森さんが微笑んだ。
「今度の火曜日なら空いてるな」
折角だし陽太も誘おうと振り返ったら、俺が声をかけるより先に「俺はその日用事がある」と断られた。木原教授と二人で盛り上がっていたが、話を聞いていたのか。
「ちなみに私も人と会う約束あるよ。二人で行きなよ。従姉妹水入らずで」
金森さんがニヤニヤと笑いながら言った。
誕生日祝いという体を取っている手前、あまり予定を先伸ばすのも良くないだろう。
「二人だけでもいいか?」
「ああ、もちろん良いぞ! レンと一緒に動物園! 今から楽しみだ」
ステラの無邪気な笑顔が、胸に刺さった。世間知らずで、陰気な自分にも、彼女はこうやって笑顔を向けてくるのだ。この笑顔は、俺が最初に出会ったという偶然によるものだと理解しているが、砂漠の真ん中で見つけたオアシスのように潤いを与えてくれた。




