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知らない世界

 ステラを連れて駅の改札を出ると、陽太と金森さんが先に待っていた。陽太が「おーい」と手を振る。

 いつも授業が終わるとすぐに帰るので、夜に大学の近くにいるのは初めてかもしれない。街は昼間とはまた違った活気に溢れている。

 夏季休暇の間にE.T.研の新入生として陽太と俺、そしてステラを歓迎したいと金森さんが言い出して、コンパが設けられたのだ。飲み会の経験などない俺としては気が重かったが、部室を使わせてもらうのだからあまり悪い印象を与えるのは不味いと思って参加することにした。俺の第一印象は良くなかったはずだから、もしかすると既に手遅れかもしれないが。


「二人とも久しぶり。ステラちゃんもよく来たね」

「ワタシも会いたかったぞ、アカネ」


 ステラは割と金森さんのことを気に入っている。あるいは単にステラが誰にでも懐っこいだけか。どちらにせよ、この危険人物にはあまり関わって欲しくないのが保護者としての本音だ。


「待たせてしまってすみません」

「いやいや大丈夫だよ。まだ集合の5分前だからね。それに星見くんたちが最後じゃないし」

「今日は顧問の先生が来るんですよね?」

「そう、先生が一番遅いって笑っちゃうよね」


 こういった学生の集まりに大人が参加するのは、珍しいと思った。それとも俺が疎いだけで、普通のことなのだろうか。


「木原教授ってどんな人なんですか?」

「んー、そうだね、テキトーな大人だよ」

「テキトー……ですか?」


 こういった場合、()()ではなく()()()()なのだろう。教授なのにそれで良いのだろうか? 今日は部員が羽目を外さないかを監視するために顧問が参加するのかと思ったが、そうでもなさそうだ。

 (くだん)の教授は集合時間の19時に少し遅れてやって来た。手を振りながらゆったりとした歩みで近づいてくる中年男性。背が高く、だいたい190センチくらいあるだろうか。ハワイの観光客のようなこてこてのアロハシャツが、大学生やサラリーマンがひしめく夜の駅前の風景から浮いている。なるほど、いかにもテキトーな人という感じだ。


「先生、ずいぶん焼けましたね。海でも行きました?」

「いやぁ、今年は家族サービスをしてね」

 

 シャツの袖から覗く木原先生の腕にはくっきりと、日焼けの境界線が引かれていた。

 陽太と俺とで軽く挨拶をすると、木原教授は仏のように柔和な笑顔を返した。

 

「やあ、初めまして。E.T.研顧問の木原藤雄(きはらふじお)です。こんな変な部に入ってくれてありがとうね。大方、金森が強引に勧誘したんだろうが」

「いえ、そんなこと……」


 否定したが、内心では頷いた。


「金森は変わり者だが、どうか仲良くしてやってくれ」

「変わり者は先生もでしょ」

「ハハ、違いないな」

 

 金森さんと木原教授は30歳くらい離れているだろうか。それににもかかわらず、二人はやけに親しげだ。

 

「さて、では行くとしようか」

「遅刻した人が仕切らないでくださいよ」

「3分は誤差だろう」

「大人なら5分前行動が基本でしょ。罰としてワインをボトルで奢ってくださいね❤︎」

「やれやれ、全く金森君は……」


 金森さんと木原教授の漫才を背後から眺めつつ、商店街に入った。右からも左からも笑い騒ぐ声が聞こえる。飲み屋街を自分が歩いていることが不思議に思えた。こういった空間とは一生縁がないと思っていたし、できることなら避けていきたいと思っていた。だが、こうして立ち入ってみると、意外にも不快ではなく、むしろ自分の日常にはない風景に対する好奇心が勝った。


「おい蓮、どこ行くんだ」

 

 並んで歩いていたと思っていた陽太の声が後ろからしたことに驚いて振り返った。あたりを見回しながら歩いていたせいで、みんなが立ち止まったことに気がつかなかった。どうやら店に着いたようだ。

 ギリギリ全員が乗るエレベーターで昇る間に、ふと自分の鼓動が早まっているのを感じた。

 居酒屋に行くのは初めてだが、それ以前にこうやって数人で連れだって店に入った経験もほとんどない。普通の大学生ならこんな風に緊張しないのだろう。中高で人並みの青春を謳歌した人間であれば、友人とファミレスやカラオケやゲーセンなんかに行ったりした経験が山ほどあるはずだ。だが、中高で部活にも入らず陽太以外に友人もいない俺は、何もかも経験が乏しいのだ。

 きっとなんてことないことだと言い聞かせても、心臓は走るのを止めず、手に汗が滲んだ。

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