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言葉と心

「いらっしゃいませー」


 コンビニの床にモップをかけながら、自動ドアの開閉音に合わせて機械的に言葉を投げた。

 どうにも部屋に置いてきたステラのことが無性に気になって仕方がない。


「いらっしゃいませー」


 また開閉音が鳴ったので、それに合わせて声を出した。


「今のは『ありがとうございました』だよ。星見くんちゃんと見ないと」


 俺に注意したのは店長の水瀬さんだ。恰幅の良い中年で如何にも店長といった感じの貫禄がある。


「今日はやけに身が入ってないよ。さっきから同じとこばかり掃除してるじゃない?」

「はい、すみません」

「何かあった?」

「いえ、何も」


 部屋に置いてきた宇宙人の少女が心配だなんて言えるわけがない。


「だったらせめて挨拶だけはもっと元気良くね。大切なお客さんなんだからちゃんと気持ちを込めないと」

「はい」


 水瀬さんは基本的に穏やかな人だが、接客に対しての指導は口うるさいところがある。

 捻くれてる自覚はあるが「気持ちを込めて」とかその手の曖昧な言葉はあまり好きじゃない。気持ちなんて他人からわかるわけがないのだから、言葉を出していれば十分じゃないか。

 第一、コンビニバイトに接客の質を求める客は多くないだろう。

 店長の言う「気持ちを込める」の判断基準は知らないが、今日は声を大きくしてやり過ごそう。


 夕方になると、夕食を買い求める客が断続的にやってきた。

 レジ前に意識を向けつつ品出しを行い、客が来たら対応し、会計が終わったらまた元の作業に戻る。その繰り返し。

 バイトを始めたばかりの頃は苦労したが、今では臨機応変に対応できるようになった。何事も慣れが全てだ。

 

 気づけば、外は日が落ちていた。

 昼を抜いたせいでやたらと腹が減った。ステラと陽太は夕飯を食べている頃だろう。あるもので適当に食べとくよう伝えているが、夕飯は何にしたのか。食材は色々と揃えたから野菜炒めでも適当に作れるが、実家暮らしの陽太に自炊のイメージはないから、レトルト食品にする可能性が高そうだ。そんなことを考えていると、また心ここにあらずだと、水瀬さんに注意された。


 夜の8時。バイトを終えて外に出ると、昼間の暑さが嘘のように夜風が涼しかった。

 陽太には遅い長時間迷惑をかけたから、礼を言わなければ。


 ふいに、黒猫が目の前を横切った。

 不吉。普段はこの手の迷信なんて気にしないのだが、妙に不安を掻き立てられた。


 俺は二人が留守中に何をして過ごしたかなんて暢気に考えていたが、ステラは天王寺に狙われている身である。いつ追手が現れて、ステラを連れ去ったとしてもおかしくはないのだ。

 そもそも二人は無事か。まず気にするべきなのはそこだろう。

 俺のいない間に天王寺の手のものに二人とも拉致されて……なんてことは、まさかないよな……?

 鞄からスマホを取り出したが、陽太からの連絡は何も来ていなかった。

 根拠のない不安に駆られ、俺は歩調を早めた。

 「今から帰る」と俺の方から連絡しても良かったが、もし既読がつかなかったらと考えたら恐ろしくてできなかった。

 一刻も早くこの目で無事を確認したい。その一心で夜道を全力疾走した。


 アパートの前に着くと、部屋からは明かりが漏れていて、一安心した。

 だが、もしかすると、部屋の中には銃を持った黒服の男達が待ち構えているかもしれない。

 馬鹿げた妄想だという自覚はあるが、二人の顔を見るまではどうにも不安が拭いきれない。

 自分の部屋だというのに、恐る恐るインターホンを押した。


 すると、すぐに玄関の扉が開いた。


「おかえりレン!」


 ステラが飛び出て、不安が一気に吹き飛んだ。

 おかえり――ひとり暮らしをしていた俺には縁のない新鮮な言葉だ。

 なんだか温かいものが胸に込み上げてくる。

 ふと、水瀬店長の言葉を思い出した。

 これが、気持ちの込もった言葉というのものなのだろうか。


「あれ、この匂いは?」


 部屋からスパイシーな香りが流れ出てきた。

 

「カレー出来てるぞ。ステラちゃんも作るの手伝ってくれたんだ」


 部屋の奥から陽太が顔を出した。


「陽太、こんな遅くまで悪いな」

「そんなんより、早く食おうぜ。腹減ってんだよ」

「え、まだ食べてないのか?」

「ステラちゃんがお前を待つって言ったんだよ」


 手作りの料理と共に自分の帰りを待っている人がいる。カレーの香りと共に遠い記憶が脳裏を過った。


「ありがとう、ステラ」


 ステラがニコリと笑った。


「あ、そうだそれと――」


 俺は大事な言葉を言い忘れていたことに気づいた。


「ただいま」

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