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流れ星見つけた

 夜露で濡れた芝生にブルーシートを敷いて仰向けに寝そべると、満天の星空だけが視界に広がった。

 その中に一筋の光が流れるのを見つけた9歳の俺は、短い腕をピンと伸ばして指を差した。


「見つけた!」


 ペルセウス座流星群。毎年夏休みシーズンに観測できるそれは、自由研究の題材には持ってこいだった。


「ほら、あそこにもまた一個」


 父が指差した方向に目を向けた頃には、もう流れ星は消えていた。


「もう無いよ」

「なあに、これからいくらでも見られるさ」

「ほんとに?」

「今年は特に大規模なんだって。それにほら、こんなに澄んだ空で、灯りもない。これだけ良い条件が揃ってるんだからきっと大丈夫さ」


 当時住んでいた田舎町から、車で少し行った丘の上の公園には、町の灯りは殆ど届かず、街灯も少ない。父の言うとおり、星を見るにはこれ以上ないくらいの好条件であった。

 俺は空に浮かぶ無数の星の内のどれかひとつが、今にも動き出すのではないかと思って目を見張った。

 じっと見つめていると、星はひとつひとつが違う輝きを持っていることが分かった。

 そして、その輝きも常に一定の強さではなく、蝋燭の炎のように揺れている。

 流れ星を見つけようと敏感になった目は、その揺らぎに反応してしまい、「今動いたような」と錯覚してしまう。

 

「流れ星に何をお願いするか決まった?」


 目を皿にして流れ星を探す俺に、父が尋ねた。


「あ、まだ決めてないや! どうしよう」

「じゃあ、流れ星を見つける前に考えないとな」


 何を願おうかと頭を動かす。それと同時に、流れ星を探して目を動かす。

 幼かった俺には、頭と目を同時に使うのが難しく、「えーっと、えーっと」と声を漏らすことしかできなかった。


「落ち着けるように、何か飲み物を買ってくるよ。戻ってくるまでじっとしていなさい」


 そう言って、父は遠くの木々の間から漏れる自動販売機の光へ向かっていった。

 当時の俺は好奇心旺盛な少年であったが、親の言いつけを律儀に守る真面目さも持ち合わせていた。だから少しの間親が離れることも、さして珍しいことではなかった。


 たった一人、広大な夜空を眺める。

 あの星の光はどれだけ遠いところから届いているのだろう。ここからだと隣り合っているように見えるあの星とあの星の間にも、きっと途方もない距離があるのだろう。

 広大な宇宙を考えると、底の見えない井戸を覗いたときのような、漠然とした不安や恐怖が湧き上がってきた。

 しかし、それと同時に好奇心と憧れが心をぐっと掴み、気がつけば俺はすっかり星空の虜になっていた。


 そこに、不意に、強い光が差す。


 強く輝く光の球が、ゆっくりと空に流れる。

 星の光を掻き消し、空の闇を照らすその輝きは、一瞬の間に太陽が昇ったのではないかと錯覚するほどだった。


 俺の体は無意識の内に走り出していた。その光へ吸い寄せられるように。

 光を掴もうと手を伸ばし、がむしゃらに走る。

 しかし、必死な俺をよそに、光はゆったりとした速度のまま手のひらから逃げていく。

 手を伸ばすことに夢中で足元が見えていなかった俺は、石に躓いて派手に転び、口には土と血の味が広がった。

 遠くの山陰に光の球が隠れると、再び夜の闇が辺りを支配した。

 転んだ痛みなどは気にならなかった。ただ寂しさに似た不思議な感情だけが胸に残った。



 あれは10年も前のことだ。


 あの日見た強い光は火球と呼ばれる現象で、強い光を放つ流れ星、つまり、大気圏で燃える大きめな塵に過ぎない。

 当時の俺は、それをUFOと思い込み、周りに自慢した。恥ずかしい話だが、幼さを思えば無理もない。

 

 畳の上に出しっぱなしにしている布団から身体を起こす。バイト帰りで疲れた身体を、しばらく横になって癒そうとしたが、身体はかえって重くなったように感じた。

 明日の朝はきっと起きられないだろうから、今晩中にゴミを出さなくては。部屋の隅に置いてあった中身の詰まった2つのゴミ袋を片手で持って、空いた左手で玄関の扉を開けた。

 

 夜だというのに外は蒸し暑く、冷房の効いた部屋に引き返したくなる。

 空を見上げてみたが、星は片手で数えられるほどしか見当たらなかった。深夜にもかかわらず、街の灯りは空まで届いている。


 今日はペルセウス座流星群のピークらしい。

 偶然ネットニュースで見た記事は、あの日の記憶を鮮明に掘り起こした。

 胸に残る美しい光景、しかし、その記憶には俺の嫌いな男が登場する。愛人を作って家族を滅茶苦茶にしたあの最低な父親。

 あの男がもう少しまともな人間だったら、俺の生活も今より少しはましだったかもしれない。


 空に向けていた視線を下ろし、赤茶に錆びたボロアパートの階段を見下ろす。深夜なので、住民の迷惑にならないよう静かに階段を下ると、道路沿いにあるゴミ収集箱へ真っ直ぐ向かった。

 収集箱の蓋を開けると、数匹の蝿が勢いよく飛び出してきた。


 直後、思わず声を上げた。

 蝿に驚いたからではない、目の前の異様な光景に、箱の中身に驚いたのだ。


 箱の中にあったのは、気持ちよさそうに寝息を立てる華奢な少女だった。

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