第一村人発見
渡されたカクテルを飲むと、レルに横になるように言われた。
彼女の指示に従ってソファに横になった。
眠気がきて瞼を閉じる瞬間のような時間が続く。
もどろみの時間。
歩夢は実は寝ている間よりも、眠りにつく瞬間の方が好きだったりする。
レルは何か呪文を唱えているようだ。
歩夢は半透明のドーム型のような膜で自分自身が覆われていることに気づく。
彼女は何をしているんだろうか。
歩夢は眠気に耐えながらレルの動きを見ようとすると、彼女は横に来て歩夢の目元に手を置いた。
その瞬間、一気に強烈な眠気が襲ってくる。
歩夢は抵抗できずにそのまま意識を手放すことしかできなかった。
最後に見えたレルの表情は、とても穏やかだった気がした。
穏やかな気温。
鳥の囀る音。
土と草と花のかおり。
穏やかな空間。
目が覚めると大きな木の下にいた。
顔に木漏れ日がしてきて眩しい。
思わず顔の前に手を当てて日差しを避ける。
葉と枝の間からは青空が見えた。
ゆっくりと体を起こすと、目の前には沢山の花が咲いている。
どこかの庭園のようだ。
歩夢がわざわざ公園に来ることはない。
なぜ自分がここにいるのかわからなかった。
ここはどこだろうか。
下を見ると、胸元にはペンダントがぶら下がっていた。
自分のものではない。
でも、どこかで見たことがあるような。
天球儀のようなものがついたペンダント。
球体と輪っかがぐるぐると激しく回っている。
『これが激しく動いている場所は戻るべき場所が近いということ』
記憶にない声がした。
戻るべき場所…。
ペンダントを手に取って、天球儀の中を覗き込むと、時計が見えた。
時計の針は11:02ほどだろうか?
これだけ天気がいいのだから、昼の11時だろう。
お腹が減ってきたような気がする。
あともう少しで4限が終わって昼休みに入る。
今日は何を食べよう。
購買に行こうか、と思っていると、じわじわ思い出される記憶。
(そうだ。
今日からテスト週間で、さっき午前中でテストが終わって。
昼休みの前に下校した。
家に帰らずに、イギリスのパブのような店へ行った。
悪夢を占ってもらうために占い師に会いに行ったんだ。
この世のものとは思えない妖艶な美女にトリップカクテルという小瓶に入った液体をもらった。
そうだ。
悪夢に出てくる女の子を助けるために、悪夢を取り返さなければならない。
ユエという獏に食べられた自分の夢を。)
歩夢は思い出した。
『今回は1時間の猶予しかない』
レルはそう言っていた。
先ほどの11:02。
そこから1時間後の12:02がリミットということだろうか。
いや、しばらくぼうっとしていたからおそらく12:00がリミットだろう。
全てを思い出した歩夢は勢いよく立ち上がった。
辺りを見渡すと、前方に街並みが見える。
レルは『ユエは遊び人だから、パブや喫茶店のような場所で女と一緒にいるはず』と言っていた。
飲食店を探そう。
石畳の道を歩いていくと、商店街のような場所に出た。
沢山の人が行き交う。
ここが夢の世界なのだろう。
レルは夢界と言っていた。
ここの住人は人間のように見える。
聞こえてくる言語も歩夢には理解できた。
街ゆく人に聞いてみた方が早そうだと思った歩夢は、女性に声をかける。
「あの、すみません」
建物の間に流れる小さい川を眺めている人に声をかけてみた。
黄色いワンピースを着ている。
茶髪のボブカットで、童顔の顔つき。
レルとは対極にいるような女性に見えた。
彼女は最初驚いていたが、歩夢を見ると、ふんわりと優しく微笑む。
「どうしました?」
「あの、ここら辺でパブや喫茶店はありますか?」
「…パブなら」
「そのお店がどこにあるのか、教えていただけますか?」
「ついてきて」
彼女は案内人を快く引き受けてくれた。
歩きながら彼女と話す。
「親切に案内してくれて、ありがとうございます」
「いいのよ。堅っ苦しいのもやめて。私はテレサよ。あなたは?」
テレサの年齢がわからないため、敬語を外すか一瞬悩む。
だが、本人がやめてと言うのなら、従おう。
「俺は、歩夢」
「そう。歩夢は人間?」
「そうだけど…なんでわかるの?」
「ここはよく人間が迷い込むの。帰り方を尋ねてくる人もいるし、あなたみたいに、来たついでに観光して行こうって人もいる」
どうやら人間の存在は珍しくないようだ。
その人たちも自分と同じようにトリップカクテルを飲んできたのだろうか。
観光目的でわざわざあれを飲むってことは、もう薬でハイになるのと何が違うのだろうか。
迷い込んだ人は、どういうルートで入ってきてるんだろう。
疑問がたくさん浮かんでくるが、歩夢はテレサがいうどのケースにも当てはまらない。
「俺はある人を探しに来た。人っていうか、獏…?」
「何?食べてほしい悪夢でもあるの?」
「いや、その逆、返してほしいんだ」
テレサは立ち止まり、振り返った。
怪訝な顔をしている。
「悪夢を返してほしい…?なんで?」
「色々あって、悪夢の内容を思い出したいんだ」
ますます眉間に皺が寄るテレサ。
「悪夢って、人間にとっては嫌なものなんでしょ?」
「まあ、普通はね」
「どうして歩夢は悪夢が必要なの?思い出して、どうするの?」
「助けなきゃならない人がいるんだ」
テレサは“わからない”という顔をするが、一応は納得してくれた。
イタリアのようなカラフルな建物がずらりと並ぶエリアに来た。
目の前に広がるもの全てが鮮やかで、それだけで気分が上がるのがわかる。
観光気分にもなるはずだ。
テレサは赤いお店に入っていく。
壁が赤いと思ったが、壁一面のブーゲンビリヤの色だった。
花の屋根をくぐってお店の中に入ると、多くの人で賑わっていた。
みんな、昼間っからお酒をんで食事をして楽しんでいるようだ。
テレサは行き交う人たちと言葉を交わしながら進んでいく。
「人気者だね」
「私の兄のお店なの」