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悪夢が消えかかって


 歩夢は朝目が覚めたら汗をかいていた。

 悪夢を見ていたような気がした。

 二度寝でも悪夢。

 今までにないケースだ。


 銀髪に赤い目の男が夢に出てきたような気がするが、正確に覚えていない。


 なんとなく、体が軽いような気がしていた。

 快調すぎて不気味なくらいだ。

 

 その日以降は悪夢を見なくなった。

 おかげでテスト期間初日は妙なストレスはなく、それなりの手応えがあった。


 初日の日程が終わり、ある場所へと向かったいた歩夢。

 テスト期間は部活動が禁止されている。


 午前中でテストが終わった後どうするか。

 友達と昼ごはんを食べて、不安をかき消すように共に勉強会をするのか。

 さっさと家に帰って一人で最後の詰め込みをするのか。

 相当やる気のない学生以外は大抵はどちらかだろう。


 歩夢はどちらでもなかった。

 別にテストにおいて全くやる気がないわけではない。

 ただ、気になってしょうがないのだ。


 


 あの日突然夢に現れて紫色の玉を飲み込んだ男は誰なのか。


 あの紫色の玉はなんなのか。


 あの男が言っていた『悪夢を見なくて済むように』とはどういうことなのか。


 連日見ていたアレが悪夢だというのか。


 ……悪夢…


 自分は今までどんな悪夢に悩まされていた…?


 女の子が出てきていたような気がするが、あれは誰だ?


 女の子…?



 気づけば自分が何を見ていたのか、思い出せなくなっていた。

 あれほど毎日苦しめられていたのに。

 思い出さなければならない。


 やっと消えてくれた安心感よりも、失ってしまう恐怖が勝る。

 アレは自分にとって、大切なものだと。



 徐々に消えていく記憶に焦る歩夢は足を早めた。


 

 外から見れば、イギリスにでも来たように錯覚する、レトロなパブのような場所。

 テラス席もある。

 黒を基調としている建物。

 時間的にまだ点灯してないランプと、カラフルな生花が外壁を飾る。

 大きめの窓ガラスの淵には、蜘蛛の巣がかかっている。

 その奥に見えるのは、薄暗い部屋の中でゆらゆらと鈍い光を放つオレンジ色のランプ。

 雰囲気がある。

 中の様子がよく見えないため、入るかどうか躊躇してしまう。


 なんのためにここまで来たのか。

 学校から家とは反対方向の電車に乗った。

 テスト期間なのに。

 勉強時間を削ってわざわざ来たのだ。


 意を決してドアを押す。

 重い音と共に目の前に薄暗い世界が広がる。


 窓の外からも見えたオレンジ色の光は、シャンデリアだったようだ。

 高い天井からは、ドライフラワーも吊るされている。

 どうやって吊るしたのだろうか。


 視線を徐々に落としていくと、手前には木の棚やテーブルに雑貨が置かれている。

 ハンドメイドであろう、使い方が分からない謎のアクセサリー。

 手作りのようなハーブティー。

 埃を被っているわけではないが、とても古いことがわかるハードカバーの本が綺麗に並んでいる。


 厨二心をくすぐるようなものばかりで、思わず立ち止まってしまいそうになる。

 グッと堪えて、奥へと進む。


 バーカウンターが見えてきた。

 テーブル席もある。

 カウンターの中には天球儀をはじめ、ビーカーや試験管に入った謎のカラフルな液体。

 まるでスチームパンクの世界に迷い込んだようだ。

 

 手前のビーカーで沸いている黒い液体はなんだろうか?

 じっと見つめていると、カウンターの奥につながっているだろうバクヤードから誰かが出てきた。


 金髪だろうか?白髪だろうか?とても色素が薄いクセのある髪の毛。

 赤黒い唇。アンニュイな人に似合うだろう色。

 天ぷらを食べた後のような艶ではなく、マットな質感の唇が艶かしい。

 思わず目がいく。大人の色気だろうか。


 その唇に挟まれる白い筒の先は、オレンジ色の光が灯った後、黙々と煙が上がっている。

 紙タバコだ。

 電子タバコが当たり前になって、ほとんどのエリアが禁煙になった今。

 喫煙者自体が減った時代には珍しい。


 そのタバコを挟む人差し指と中指の爪は黒く、この空間にある光を吸い込んでいるのか、反射がない。


 左手で右肘を固定して右手の指で挟んでいたタバコが緩やかに胸元くらいまで下ろされる。

 しばらくしてから、息を吐く音と共に、赤黒い唇から勢いよく出てくる煙幕。

 煙が晴れると、黒いレースの服の胸元に膨らみがあるのがわかる。


 女性だろうか…女性だろう。


 顔を見ると、グレーの冷たい瞳が見えた。


 不思議だ。

 ゾッとするような美人。

 彼女を纏う雰囲気が、この世のものではないと主張している。


 人間ではない。魔女だ。

 そう言われると、納得してしまう。

 だが、女ではない、男だ、と言われると、先ほどまで彼女に見惚れてしまっていた自分を、殴りたい衝動に駆られた歩夢は目を逸らす。


 フフ。

 目の前の美人が笑ったような気がした。

 もう一度、彼女を見ると唇は弧を描いていた。


「少年、コーヒーは好きか?」


 

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