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ナサニエル


「迷い込んだ人間を現世に送還してあげてるってこと?」


「そう。それが俺の仕事」


「…それやってあんたに何かメリットあるの?慈善事業ってことは報酬でないでしょ?」


歩夢は目の前のナサニエルという慈善事業家を信用しきれていない。

ダニエルのお店の常連らしいが、夢界の住人と人間とでは扱いも変わるだろう。

報酬も出ない慈善事業をやるほど金が余っているのか、それとも暇つぶしなのか。

オムライスをがっつきながら歩夢は目の前の男について考えていた。


ナサニエルも歩夢が自分を疑っていることは分かっていた。

今まで助けてきた人間もそうであったからだ。

最初は疑念を出いいているが、そのうち慣れて助けを乞うようになる。

歩夢もそうなるだろうと思っていたが、どうにも一向に警戒が解かれない。

ナサニエルは諦めて自分自身について話すことにした。

いずれ現世へと帰ってしまう人間に個人情報を与えたくはないのだが、信用してもらわなければ始まらない。


「さっきダンが言ったと思うけど、俺は金持ちのボンボンなわけ。要するに働かなくても食っていける。でも暇だろ?だから困ってる人のお手伝いしてるの」


「なんで人間を助けるだ?」


「珍しいじゃん、人間って」


「それだけ?」


腑に落ちない歩夢だが、金持ちの考えることは人間も夢界の住人もわからないものだな、と思った。

逆に、なぜダニエルとテレサは人間の自分を助けてくれるのか歩夢は疑問に思った。

先ほど店内でナサニエルが人間と口にしただけで席を立つ客がいたからだ。

ちょうど残りの注文品を運び入れにきたダニエルに歩夢は聞いてみた。


「ダニエルはなんで俺を助けてくれるんだ?」


唐突な質問にダニエルは笑って答える。


「俺は元々人間を嫌っていない。レルが天球儀をお前に与えた。それだけでも信用に値する。それに、他人を助けるために二度も世界を超えてきたんだ。そんな人間が悪い奴なわけあるかよ」


思ったよりも信用されていることに驚く歩夢。

嬉しいような、気恥ずかしいような。

くすぐったい気持ちになりつつも、今目の前にいる彼らが人間ではないことが唯一の懸念点だった。


 人間ですら信用を得るにはかなりの時間を有するが、人間ではないことが歩夢にさらに疑念を抱かせる材料になっていた。


信じたいけど信じきれない。

 

今、現在進行形でよくしてもらっているのに疑いを持っていることが申し訳なくなった歩夢は、現世で宗文という異界課刑事に託された依頼について、彼らに聞いてみることにした。



「あのさ、俺以外にも人間ってよく来てるの?」


「ああ、そうみたいだな。うちの店にはそれほど来ないけど、人間のことならネイトの方が詳しいだろ」


ダニエルはそう言ってナサニエルの方を向いた。

ネイト。ナサニエルの愛称だろうか。

二人は随分仲が良いのだろう、と歩夢は察する。

ナサニエルはダニエルの言葉に得意気に答える。


「まあ、俺が人間を救うボランティアをしてるってのはこの世界では大声では言えないけど、確かに、俺は今まで何人もの人間を人間の世界に送り返してきた」


「最近、ここにくる人間に変わったことはない?」


「変わったことか…人間は俺らからすると存在自体が変わり者だからな」


楽しそうに飲みながら答えるナサニエルは歩夢の聞きたい情報を持っているようには見えなかった。

歩夢は新宿の失踪事件について聞くのは諦めて、さっさとユエについて情報を聞き出そうとした時。ナサニエルは思い出したかのように答えた。


「そう言えば、最近、意図的に集団で来てるような奴らがいるんだよな」


「集団?いつもは単独が多いの?」


「ああ、ポツンとこちらの世界に迷い込んでパニックになってたり、開き直って楽しんでたり。反応は色々だけど、とにかく人間は一人できていたよ、今までは」


“今までは”。

(みんなでトリップする集会みたいなの流行ってんのかな?写真で見た新宿の失踪事件現場も複数人で一斉に蒸発した後だったし)


歩夢はふと疑問に思ったことをそのまま二人に聞いてみる。


「トリップカクテルを複数人で一斉に飲むと、みんなで同じ場所にトリップするのか?」


ダニエルとナサニエルは顔を見合わせた。

(何かまずいことでも聞いてしまったか…?)


歩夢が心配していると、ダニエルは険しい顔つきで歩夢に問う。


「お前、何か知ってるのか?」


「何かって?」

 

「どこかの何者かが人間をこっちの世界に寄越して何か企んでること、とか」


「どういうこと?人間が自分の意思で集団で勝手にトリップしてるわけじゃないの?」


ダニエルは険しい顔のままナサニエルの方を見て首を振る。

その意味がわからず戸惑う歩夢。

困惑している歩夢を見てナサニエルはしょうがなく答える。


「俺たちもさ、困ってんだ。一気に複数人がこっちに迷い込んで、やっと元の世界に帰したと思ったらまた、別のグループがこっちにやってきて」


「トリップが人間の間で流行ってるってこと?」


「それはお前の方が詳しいんじゃないか?ちょうど、お前のような大人とガキの中間みたいな奴らばっかりだぞ、こっちに集団で来るのは」


“お大人とガキの中間”

高校生や大学生という年齢なのだろうか。

(新宿の失踪事件の被害者も大学生や高校生くらいの未成年が多かったな…)


ナサニエルは“歩夢の方がトリップには詳しそう”と言うが、真面目に高校生をやってる非行少年と対極にいるような歩夢からしてみれば、全く接点がないような人物像だ。


 そもそもレルに出会うまではトリップそのものを知らなかった。

映画や漫画の知識で“トリップ=危ない薬でラリってる“くらいのイメージだったくらいだ。


歩夢は自分がこの世界やトリップについて知識が無さすぎる故に、聞きたいことを聞くにも何をどう聞いていいのか分からないことに気づいた。

今回のトリップでユエの手がかりを得たかったが、それよりもまず先に、こちらの世界について学ばなければならないと思った。


今度はこの二人にこちらの世界についてレクチャーしてもらおうと思った時。

ナサニエルが歩夢をテーブルの下に押し込むように、強く手で上から押さえつけてきた。

“何をするんだ!?”そう言おうと思った時だった。

部屋の扉が勢いよく開いて何者かが入ってきた。


「……なんだ、ダン、お前やっぱりネイトの奴と何か企んでるな?」


やばい雰囲気だとすぐに察した歩夢は押し込まれたままテーブルの下に隠れる。

テーブルクロスのおかげで外からテーブルの中を覗くことはできない。

ドアから入ってきた人物の足元だけが見える。

歩夢はそっと伏せて下からドアの方を覗くと、ドア付近に三人が立っていることがわかった。

そのまま息を殺して歩夢は聞き耳を立てた。

 

 

 

 

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