手がかり
歩夢とナサニエルが入店して騒がしくなったウィリアムズのお店。客の異変を察知して厨房から出てきたダニエルが店内の不穏な雰囲気をなんとか元通りに立て直す。そして奥のテーブル席にナサニエルと歩夢がいるのを確認して一瞬驚いた顔をするがすぐポーカーフェイスに戻り、二人をバックヤードに案内した。
ナサニエルは口笛を吹きながらダニエルの後に続く。歩夢はナサニエルほど愉快にはなれなかったが、知人に出会えた安心感で緊張が解けていくのがわかった。
連れてこられたのはバックヤードというより、バックヤードという通路を通って隠れVIP席のような空間だった。ナサニエルは我が家のようにくつろいでいる。よくここにくるのだろうか。メニュー表もないのに空で何かをダニエルに注文している。歩夢はその様子を見て黙っていると、ダニエルが歩夢に尋ねる。
「お前は何が食べたい?」
「俺はこっちのお金持ってないから」
「コイツにつけるから安心しろ」
ダニエルはナサニエルを指差してそう言った。
言われたナサニエルも不満を垂れるでもなくニカッと笑う。それでも誰かに奢ってもらうのはなんとなく悪い気がしてしまう歩夢。それを察したダニエルは腰に手を当てて呆れたように言う。
「さっさとこっちの食べ物食べないと、お前はまたすぐ人間の匂いがしてくるぞ?ここは王宮の警備兵も飲みにくる店だがいいのか?」
歩夢は慌ててサンドイッチと紅茶を注文する。それでもまだ不満そうなダニエルは腕組みをして歩夢に言い聞かせる。
「いいか、お前が今晩引っ掛けてきたこの男は金持ちの坊ちゃんだ。金のことは気にせず食べたいものを片っ端から注文しろ。今日はコイツのせいで客入りが悪いんだ。その分の利益は回収しないとな」
ダニエルとナサニエルの二人を交互に見て戸惑う歩夢。注文しようにもこの店はどんなメニューがあるのかわからず注文しようがないのだ。だが黙っていては状況は変わらない。そして正直、昼も夕方もご飯を食べていないせいでお腹が空いていた。
「ていうか、今何時?」
「お前のペンダントの中を除けばわかるだろ?」
ダニエルに言われて、そういえば自分にはこちらの時刻と滞在タイムリミットを知らせる時計があることを思い出す。ペンダントの天球儀を覗き込むと5時半過ぎを示していた。レルはこちらの時間と現世の時間が連動していることを言っていた。レルのお店でトリップカクテルを飲んだのはおよそ4時頃。トリップにはそれほど時間がかからない。と言うことは、こちらに来てから約1時間半は逃げ回っていたということだ。そのことに気づいた歩夢は一気にお腹が減ってきた気がした。
天球儀を覗き込んでいた歩夢は顔を上げてダニエルを見ると、ナサニエルのように歯を見せて笑って注文を始める。
「やっぱりさっきのサンドイッチと紅茶無しで。オムライスと、シーザーサラダと、グラタンと、アヒージョと、味噌ラーメンと」
「頼みすぎじゃね?全部食えるの?」
ナサニエルは半笑いで歩夢に尋ねる。歩夢はニヤリと笑って言い返す。
「現役男子高校生の胃袋舐めんなよ?」
「お前未成年かよ?!」
驚いたナサニエルは歩夢をまじまじと見つめる。
「確かにちょっと乳くせえ顔してるもんな」
不意に出てきた失礼なジョークに歩夢はイラッとしたものの、腹が減りすぎてそれどころではない。ダニエルはいつの間にか消えていて、しばらくすると次々と歩夢が頼んだメニューが運び込まれてくる。歩夢は両手を合わせてから目の前の料理を食べ始めた。その様子を見てナサニエルは気づいた。
「お前、日本人か?」
歩夢は食べながら喋るわけにもいかずに首を縦に振る。だがなぜ分かったのかナサニエルの顔を見ながら口の中で懸命に咀嚼して飲み込んだ後に聞いてみた。するとナサニエルから帰ってきた答えは単純だった。
「だって、食べる前に合掌するなんて、日本人だけだよ。ラーメン?も日本人のソウルフードだろ?」
「ソウルフードかはわからないけど、俺たちはよく食べるよ」
「本でしか見たことないけど、本当なんだな」
ナサニエルは興味津々に歩夢を覗き込む。そう見られていては食べにくいのが正直なところ。そんな歩夢を気にもせず、ナサニエルは歩夢に質問を浴びせる。
「で、なんでこんなところにいるわけ?人間が」
「ちょっとした人探し」
「人?人間を探してるってこと?」
「人間も探してるけど、俺が今一番見つけたいのは、獏」
「獏?食べて欲しい悪夢でもあるのか?」
何度目かわからない質問だ。ダニエルにもテレサにも聞かれた。うんざりはしないが、どうせ獏を探す理由を答えると驚かれるか頭がおかしい奴だと思われる。
「逆だよ。俺の悪夢を返して欲しくてさ」
「は?」
想像通りの反応を見せるナサニエルに歩夢は気に求めずに答える。
「毎回悪夢に出てくる女の子がいて、どうやらその女の子が俺の初恋の相手?だったみたいで。その女の子が殺されるかもしれないんだ。それを防ぐために、取られた悪夢を取り返してもっと詳細に情報収集しないといけないんだ」
「ふーん…消えた人間を探しに来たわけじゃないのか」
興味なさそうな反応をするナサニエルがポロリとこぼした言葉に歩夢は反応する。消えた人間。こちらにくる前に異界課の刑事とレルに言われた“新宿の失踪事件”を思い出した。失踪というより、あの写真は蒸発事件のようだったが。
「消えた人間について何か知ってるのか?」
「ああ、俺はそいつらを見つけて元の世界に返す慈善事業をやってる」




