二度目のトリップ
歩夢が目覚めると公園のベンチの上だった。見覚えがあるような景色。前回現世に戻ってくる時にダニエルとテレサに見送られた宮廷園の入り口だ。トリップカクテルの影響なのか頭がボーッとする歩夢。左側には色とりどりの花々。右側には繁華街につながる石畳の街道。
「……こっちの世界に来たらこっちの食べ物を食べなきゃいけないんだっけ…」
前回トリップした際にダニエルに言われたことをふと思い出した時だった。
「誰だ?」
男の声がした方を振り返った歩夢は背筋が凍った。何故なら今、歩夢の目の前にいる男二人はどこかの国の軍服のようなものを着ているからだ。ここは獏の王宮。彼らが王宮の警備兵であることを歩夢は察した。
『人間だとバレると捕まるぞ』
前回ダニエルに忠告された言葉が頭の中をこだまする。夢界に来たらこちらの世界の食べ物を口にして人間の匂いを消す。そのために前回の別れ際にダニエルからもらったお菓子を思い出した歩夢はポケットを探るが見当たらない。
(そうだ…さっき宗文って刑事に全部食べられたんだった)
歩夢は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。
「なんだ?坊主。もう夕方だ。さっさと家に帰んな」
歩夢が人間であることに気づいていないのだろうか。警備兵の男は左手で払いのける仕草をして歩夢に帰宅するように促す。バレていないのなら、さっさとこの場を離れよう。そう思った歩夢はベンチから立ち上がって、街の方へと向かった。するともう一人の警備兵から声がかかる。
「お前、変わった匂いだな…人間か?」
歩夢は口から心臓が飛び出そうになる。なんとか堪えて振り返り、頬を掻きながら口を開く。
「いやだな〜、やっぱり匂います?実はさっき人間に会いましてね。こっちに迷い込んじゃったみたいで」
「何?!またか!最近多いな…何もされなかったか?」
「はい、大丈夫です」
「その人間がどこに行ったか分かるか?」
「…庭園の奥の方へ行きましたよ」
警備兵たちは繁華街への道とは反対側にある歩夢が指差した庭園の奥の方へと走っていった。歩夢は彼らの姿が見えなくなったのを確認して一気に街へと走る。なりふり構わず走った歩夢。今はあの警備兵から距離を取ることが先決。歩夢はがむしゃらに走ったはいいものの、自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。周りを見渡すが、慣れない土地のせいもあり先ほど通った場所と違う場所なのか見分けもつかない。キョロキョロしながら見覚えのある建物がないか周囲を見渡す。
夕暮れ時。辺りは暗くなっていき、街灯やお店に灯りが灯り始める。昼に来た時とはまた印象が変わった街。ダニエルの店がどこなのか、ますますわからなくなった歩夢は通り過ぎる人に声をかける。
「あの、ウィリアムズの店ってどこですか?」
一人の男が立ち止まった。その男は歩夢を舐めるように見て一言。
「……お前人間?」
声をかける人を間違えた。そう思った時には歩夢は走り出していた。
「おい!逃げるなよ!おいって!」
歩夢は男の声を無視して逃げ続ける。人混みをかき分けて、路地を右に左に。振り切っても振り切っても着いてくる男に歩夢も思わず舌打ちをしてしまう。
「ッチ、しつけーな…!」
裏路地に入りどこかの建物の非常階段に登った時だった。一瞬にして目の前に男が現れた。先ほどまで歩夢の後ろを追いかけてきた男だ。その男はニヤリと笑った。歩夢が引き返そうとした瞬間、男は歩夢の首根っこを掴む。そのまま引っ張られた歩夢はその流れのまま身を交わして男に右ストレートを繰り出す。男はその動きを見越していたかのように咄嗟に掴んでいた襟を離して鮮やかに歩夢の拳を交わした。
二人はそのままジリジリと間合いを取る。歩夢は臨戦体制だが、男はだらんとしていて戦う様子が見えない。だが歩夢は分かっていた。
(こいつ…隙だらけのように見えて全く隙がない…!)
バスケの試合を思い出した。一際ラフな身のこなしをする天才プレイヤーとのマンツーマンほど苦労する。何故ならリラックスしていてまるで遊んでいるかのようなプレースタイルほど隙がないからだ。歩夢は構えを崩すことができずに拳により一層力が入る。そんな歩夢とは対照的に目の前の男は口笛を吹きながら自分の胸元に手を入れた。
銃社会で育った子供ならいざ知らず、歩夢は世界一治安のいい日本で育った高校生だ。夜遊びもせず部活と勉強に打ち込む優等生。その歩夢でも警戒した。ハリウッド映画でよく見た光景。銃を取り出す仕草。不意をつかれたら一瞬で終わりだ。
歩夢の心臓がうるさくなる。耳元に心臓があるのではないか。そう思うくらい自分の鼓動を間近に感じた。汗が一気に噴き出るのを感じる。両手の拳も汗でやや冷たくなり、握った拳が滑るような気がした。
男はゆっくりと胸元から何かを取り出した。歩夢の緊張が最高潮に達する。
そんな歩夢の心境を知る由もない男は胸元に入れた手をゆっくりと出した。そして掌を開いた。歩夢はその手の中にあるものを確認した瞬間、一気に脱力した。




