獏探しか人探しか
宗文が帰った後、部屋にはレルと歩夢が取り残された。
ロキは宗文を送りに下へ降りてしまった。
歩夢は先ほど宗文に依頼された内容を反芻する。
“夢界に行ったら新宿で失踪した人間たちがいないか探してくれ”
「探すったって、手掛かりなしにどうすんだよ…」
思わずぼやきが漏れた歩夢だが、レルは数枚の資料を歩夢に渡した。それを受け取った歩夢が目を通すと、新宿での失踪事件の被害者であろう人たちの個人情報が記載されていた。資料の右上には赤い文字で丸秘と書かれてる。社会に出たことがない高校生でもわかった。これが部外秘の資料であると言うことを。歩夢は思わず一度開いた資料を閉じてレルにつき返す。
「これ、俺が読んじゃダメなやつですよね?」
「行方不明者の情報を知らずしてどう探すつもりなんだ?きみは」
「いやでも、これ警視庁刑事部異界課って書いてますよ?さっきの刑事さんに許可とったほうがいいんじゃ…」
「許可も何もないだろ。アイツがお前に直接頼んだんだから。行方不明者を探してくれって。君も私と同じ、奴の協力者になったということだ」
レルは相変わらず余裕そうにタバコをふかしている。
正直、歩夢はこの事件には関わりたくないのだ。なんなら、夢に出てきていたという幼馴染を救えたら、もうこの夢界という異世界には関わりたくない。だからこそさっさと自分が探している女の子を見つけ出したい。
なのに他の仕事まで押し付けられたら、自分の人探しは遅れそうだ。
どうするべきかと歩夢が悩んでいると、レルはタバコを灰皿に押し付けて横に座る歩夢の横顔に大量の煙を吐き出す。肺に残っている煙を一滴残らず出し切るかのように長い吐息。
歩夢はまさか1日に二度も煙を吹きかけられるとは思ってもみなかった。咽せながら片手で目の前の煙を叩いて避ける。目の前がクリアになったところで歩夢はレルを睨んで口を開く。
「なんなんですか!こっちはそもそも手がかりも証拠もなく警察に取り合ってもらえないような人探しをしてるって言うのに、なんで俺が警察の手伝いなんかしなきゃいけないんですか!?」
「しょうがないだろ、君の違法行為がバレてしまったんだから。しょっ引かれたくなかったら、大人しく宗文に従っとけ。私も未成年に酒飲ませた罪で豚箱行きなんて御免だね」
「そもそも夢界にトリップすることが違法行為なんて知りませんでしたよ、俺は!」
「何を今更。無知は罪って奴だ。知らなかったで済んだら警察は要らないってね。それに、カクテルトリップなんて怪しさ満点なものを飲んだのは自分だろ?」
「それはあんたが飲めって言うから!」
「私は君の口に無理やりカクテルを流し込んだり、ジュースと騙して飲ませたりはしていない。“悪夢を取り返したいのなら飲め“そう言っただけだ」
言い返す余地もなく歩夢は黙り込む。反論できないことよりも、自分が軽率だったことを今更思い知らされて世間知らずを痛感していた。そんな歩夢の気持ちを知ってか知らずか、レルは表情を変えずに歩夢に言う。
「まあ、理由はどうあれこれで正式に夢界に行けるんだから、もうコソコソする必要はない。親に何か言われたら警察に協力してると言えばいい。それに、夢界で誰かに捕まった時も、いざとなったら異界課の名前を出せば弁明の余地は作れるだろう。そのまま生きて現世に返してもらえるかはわからないけど」
レルの言葉を聞いて今の状況を前向きに捉えようと思ったのも束の間、最後の言葉で結局現実に引き戻された歩夢。
現世の人間は警察というワードを出すだけで話を聞いてくれるだろうが、夢界はそうもいかない。人ならざる者たちが住む世界。人間の常識や言い訳は通用しないのだ。
とはいえ、夢界と人間界を行き来している者たちがいるのは事実。人間だけでなく夢界の住人もこちらに遊びにきている。そうなれば、何か交渉の余地はあるのだろう。歩夢はそう思うことにした。いや、そう思わなければやってられないのだ。
歩夢はレルに突き返した資料を再び手に取り、パラパラと各ページに目を通した。そこには男女四人の情報が掲載されている。皆、大学生や二十歳前後の若者だ。アングラにハマり世間から外れることをしでかすのは、大体が好奇心という名の若気の至り。ここに載っている四人は羽目を外し過ぎてしまったのだろう。
歩夢は真面目な学生だ。彼らに同情することはできなかった。だが、理由は違えど自分も彼らと同じようなことをしているという事実を受け入れ難い自分がいた。歩夢は自分の正義感を守るためにもこの四人を探さざるを得ないと判断する。
「この四人を探せばいいんだろ?俺があっちでユエを探してる間に」
「そうだ。もっと言えば探すフリでいい。どうせ宗文は実際に君が探しているかどうかを確認する手立てはない。君の彼女を探している際に人間が迷い込んでいるような情報が得られたら、それを私に教えてくれるだけで構わない」
「積極的に探さなくていいってこと?」
「ああ、それでいい。私は以前からあっちで探しているのでな。それでも見つからないのだから、事情のわからない君がすぐ見つけられる訳でもないだろう。君の第一優先はユエと会うことだ。その四人はついでだ。それを忘れるな」
レルはそう言うって、どこからか出した小瓶を開けて歩夢に渡す。最初にもらった小瓶よりも容量が大きく、色も青くはない。紫色に見えるのは部屋の照明のせいだろうか。歩夢は恐る恐る瓶を手に取り、匂いを嗅ぐ。ほのかに綿菓子のような匂いがした。
「これはトリップカクテル?」
「そう。君の望み通り、今回は初回よりも長い時間あちらに留まれるように量を増やした」
「色が違う気がするのは気のせいですか?」
「短時間のトリップにはトリップ成分濃度が濃いものを使うんだ。君はより長い時間トリップする。だがそれなりに量を飲むには混ぜてあるアルコールの度数は低くしないと、子供の君にはキツイだろう?」
「使ってるアルコール度数が違うってことですか?」
「そうだな、さっき君が飲んだのはテキーラ、これはビールとでも思ってくれ」
アルコールについて知識のない歩夢はレルの言う違いがよくわからなかったが、この際細かいことは気にしないことにした。口に入れてみると違いがわかった。最初に飲んだカクテルの方が喉が焼けるような感じがしたことを思い出すと、今回の方が飲みやすくてありがたい。
度数が低いアルコールで飛ぶ子供だと馬鹿にされようが、飲みやすくて確実にトリップできて長時間滞在できるなら何も文句はないのだ。
「今回は何時間くらいあちらにいれますか?」
「5時間ほどだろう。今から5時間であれば22時前にはこちらに戻って来られる。深夜徘徊で捕まるリスクは減るだろう?」
「未成年の飲酒で捕まるリスクは残ったままですけどね」
そう言って歩夢は小瓶に入った残りのカクテルを一気に煽った。




