VII
◆◇◆◇
飛鳥達、三人は近くのカフェへと場所を移した。
ボーカルの彼女は、飛鳥と同じ大学の生徒で東雲真音というらしい。
校内の話題は飛鳥の奇行で持ちきりらしく、咄嗟に彼が思いついた言い訳は、世話焼きの従姉妹が押しかけて来たというものだった。
「サッちゃんはいつも突然、恋人はできたかって様子見に来るんだよ」
「誰がサッちゃんよ……。あと、いつの間にか、あなた、敬語が抜けたわね」
「従兄弟同士で使うのもおかしいでしょ?」
「生意気、言うようになったじゃない」
目を細めて、露骨に嫌そうな顔を向けるサハリエルに、それを飄々とした様子で受け流す飛鳥。
真音は、二人の様子を微笑ましいものを見る目で見つめる。
「二人は仲良いんだね〜」
「どこが」
「従兄弟だからね〜」
「うん、息ぴったりだ」
「もういいわ、それより! あなた、飛鳥とデートしない!? 今ならケーキも買ってあげるわ」
「僕はセール品か何かかな……」
悪巧みを持ちかけるような微笑みを浮かべて、真音へとメニューを差し出すサハリエルには、流石の飛鳥も複雑な表情となる。
「それとも好きな人でも居るの?」
「それは……」
「お客〜。長居するなら注文してくれ」
歯切れが悪くなった真音のグラスに水が注がれる。
飛鳥達が視線を上げると、茶色いエプロンを付けた男性が立っていた。
束感を出し、無造作に整えられたすっきりとした黒髪に日焼けした肌がよく映え、いかにもスポーツマンといった雰囲気を感じさせる。
灰色の鋭い瞳と引結ばれた唇は、少しだけ不機嫌そうだった。
真音はグラスから水をグイッとやると、勢いよくそれをテーブルに叩きつける。
「もう一杯!!」
「居酒屋じゃねぇよ」
男は手に持っていたメニューで軽く真音の頭を叩く。
「いてっ! これがDV……」
「変な言いがかりつけんな!」
そこで、飛鳥達が固まっているのに気がついた彼が視線を移す。
「俺は千葉隼人。真音とは……まぁ腐れ縁みたいなもんだ」
「ひどい! 昔は、「俺、真音ちゃんと結婚するんだ!」って、あんな情熱的に告白してくれたのに!!」
「お前!? あんな小学3年生の頃の話を今更……!!」
「覚えてるんだ……」
「しかも、具体的な時期まで……。これは相当ね」
「お前らも、そんな目で見るんじゃねぇ!!」
指摘され、顔を真っ赤に染めあげる隼人に飛鳥は苦笑すると、ミルクをふんだんに使った濃厚な紅茶で口を潤す。
「あはは、僕は宇佐美飛鳥。真音さんとは同じ大学なんだ」
「私はサハ……」
「彼女は佐原理恵! 従姉妹だ!!」
あっさりと正体を明かそうとする彼女の言葉を、飛鳥が急いで遮る。
気持ちよく名を告げようとしたのを、邪魔された彼女は不服そうな面持ちだ。
こんなところで堕天使だの、サハリエルだの言われたら、どう考えても変人扱いは免れない。
――はぁ、今日だけで僕の寿命は一年は、縮んだ気がするよ。
「おう……まぁいいや、夜は冷えるから早めに帰れよ」
隼人は飛鳥達のグラスにも水を注ぐと、その場を後にして厨房へと歩いてゆく。
「ま、待って! 隼人!!」
「何?」
「日曜日、ライブに来ない? 夕方からはオフだし、その後は二人で水族館でも」
「今週は予定がある……」
「そっか……」
隼人が厨房に戻ると、真音は緩くなったコーヒーに砂糖を入れてかき混ぜ出す。
瞼の下がった瞳には憂いの色を帯び、わずかに吐き出された息は儚く、空間へと溶けてゆく。
飛鳥とサハリエルは、顔を見合わせた後、再び、彼女へと視線を向けた。
「水族館、僕と一緒に行かない?」
「えっ?」