X
◆◇◆◇
飛鳥と真音、それを尾行してきた隼人とサハリエル、四人が外に出た時には既に空は暗くなっていた。
連日積もった雪を二人のブーツが、ぎゅっ、ぎゅっと、低いアルトの音を立てながら、踏み締めてゆく。
気温が下がってゆき、真音は自身のか細い身体を、頼りなさげな、たおやかな両腕で掻き抱いた。
彼女の首に飛鳥は、そっと自分のマフラーを巻いてゆく。
真音は、どこか申しわけなさそうに、切なげな笑みを浮かべた。
飛鳥からそっと視線を逸らし、空を見上げた彼女の眼差しが、ふと、ある一点で止まる。
その先には、年季の入った老舗のデパートが、時代から取り残されたように立っていた。
確か、全国に十店舗ほどしか、もうない屋上遊園地が併設されたデパートの一つだ。
「あそこ……隼人とよく行ったデパートの屋上でね、星がすごく綺麗に見えるの」
「真音さんの話には、彼がよく出てくるね」
「ごめん……」
飛鳥に指摘され、真音は気まずそうに視線を外した。
切なげに掠れた声音――そこに飛鳥が好ましく感じる明朗さは存在しない。
「あはは! いいよ、今日は彼の代わりで来たんだからね?」
「ちょっと〜、その言い方も性格悪いと思うよ〜?」
ムッとした顔を作ってみせる真音に、彼は口元に女性のように白く、たおやか手を添え、ふくよかな声で笑った。
わざとらしく頬を膨らませ、子供っぽくさえも見える顔で抗議した後、真音は静かに嘆息する。
「隼人はさ、本当真っ直ぐなの。何をやるにも全力、サッカーでもコーチに指導されたら、その練習ばかり。
だから挫折も人一倍辛くて、サッカーをやめた自分には価値がないって思い詰めてるの。
でも、今も昔も隼人は頑張り屋さんだよ。親に心配かけないようにって、勉強もバイトも必死にやってる。夢を追う姿だけが、かっこいいわけじゃないのにね」
前方に十七階建ての巨大デパートが見えた。
「不器用でまっすぐ、口は悪いけど誰より私に優しい。私が好きになった、たった一人の男の子」
真音は自分のバッグからスマホを取り出すと、それを飛鳥へと差し出す。
そこには、隼人からのごく短いメッセージが無数に残っていた。
〝「新曲見た。良かった」
「もう夜は寒い時期なんだから早めに帰れよ」
「この前の5万再生だってな。良かったな」
「遠征行くんだってな。気をつけろよ」〟
瞼をわずかに下げ、口角をゆるやかに上げ、画面を宝物のように眺める彼女の姿を見れば、その心は痛いほどに理解できてしまう。
それは飛鳥が、何度も見てきた恋をする女性の顔だから。
「これは……女々しいね」
「あははっ!! 本当、これじゃ距離置きたいのか置きたくないのかわからないよ……」
◆◇◆◇
二人の姿が店内に消えたのを見届けると、隼人はデパートから顔を背ける。
「どうするの?」
「どうするも何も、今俺が出て行くとかダメだろ」
隼人は、大きく嘆息してみせると、がしがしと頭を掻きながら歩き出す。
サハリエルは腕を組み、隼人の前へと移動すると鋭い視線を投げかけた。
「くだらない自尊心を優先するなら勝手になさい。それで、あなたが後悔しないならばね。でも機会は決して待ってくれないわ。それが訪れた時に自分の手札で勝負するしかないのよ」
言い逃れることは決して赦さない、彼女の言葉。
まぶたを下げ、表情に影を落とした、隼人の強く握り締められた拳が震える。
「ったく……〝あんたら〟よくお似合いだよっ!!」
勢いのままに、踵を返して走り去る彼の背を見送り、サハリエルは小さく嘆息した。
「愚かな男……」
彼女が、ぼそりと呟いたその言の葉は、誰の耳に入ることもなく、風に攫われる。