やってきた転校生は二足歩行で喋るシャム猫
「はいはい、皆さん。席に着いてください。今日は転校生が来ています」
担任の先生が教室に入ってくるなり、転校生の話題を出した。
10月という中途半端な時期に来る転校生に、周囲はざわざわと色んな推測を語っている。
「ねぇ、麗亜。転校生、どんな人だろうね?」
「さぁ?こんな時期だし都内の人かな?」
あまり興味も無いけど、周りが盛り上がっているのに冷めさせるのも悪いので、無理にでも話題を広げようと頑張った。
でも、先生が続けた言葉は、ハッキリ言って予想の遥か上空をジェット機のように通過する。
「あー、転校生は異世界から来た人で、二足歩行で歩く猫さんです。皆さんは見ても驚かないで、普通に迎え入れてあげて下さい」
クラスの心の声を代弁するなら「は?」だと思う。
誰もが言葉を失い、静寂の中で固まっていた。
そこへガララッとドアをスライドさせて入ってくる人影。
ふわふわの毛並みに、シャープな体つき。そして顔の中央や耳の周りは濃い色なのが印象的な猫。
まるでシャム猫が立って歩き出したような感じのその人は、教壇のところまでスキップで颯爽と歩いた。
学校指定のセーラー服のスカーフとスカートがふわりと靡き、身長が100cm程度の制服がよく用意できたものだなと感心しながらそれを眺めていたら、ふと彼女と視線が交わった。
そのシャム猫の彼女は、両拳を腰に当て、胸を張りながら元気に挨拶する。
「はじめましてニャン!私はアマミと言う名前ニャン!日本の皆さん、よろしくニャン!」
「「「か、可愛い~~~!」」」
クラス全員の声が被ったと思えるほどの大歓声。
いや、でもちょっと待って。猫が立って歩くだけでも驚きなのに、何故か日本語を話していることが気になり過ぎる。
それに関しては先生から補足が入った。
「えー、アマミさんは異世界の出身ですが、そちらでは日本人が偶に来るらしくて、日本語も習っていたそうです。私も日本語が流暢なことに驚きました」
(そ、そんな事があるの?)
それが事実ならもっと騒がれていいはずなのに、と思いかけて思い直した。
SNSでもそういった情報が飛び交っていたけど、フェイクニュース扱いで誰もが真剣に取り合っていなかった。
嘘に思える情報の中にも、真実があったのかも知れない。
真実は奇なりとは良く言ったものだと思う。
「では、アマミさん。栄久さんの隣の席に今日はとりあえず座って下さいね」
先生のその言葉で私を確認したアマミちゃんは、笑顔で私の目の前まで来た。
「はじめましてニャン!これからご近所さんとしてよろしくニャン!」
「私の名前は栄久 麗亜って言うの。よろしくね、アマミちゃん」
「レア氏って言うのニャン?可愛い名前ニャン!」
色々と聞いてみたいことが多すぎて、頭の中が混乱中だけど、まずは最初に気になったことを尋ねる。
「アマミちゃんはどうして日本に来たの?」
「ニャン?私の国は戦時中だったんだけど、気づいたらいつの間にか日本にいたニャン。日本は憧れの国だったから観光を楽しんでいたらここの校長先生に誘われたニャン!」
「へ、へぇ~そうなんだぁ」
こんなラブリーな見た目なのに、意外にヘビーな人生だったのかも知れない。
戦時中というのがどうにもイメージできないけど、猫の縄張り争いのような感じだろうか?
彼女の身長は100cm前後しか無いので、椅子の上に置く座布団代わりに私のジャージを貸してあげた。
すると「これが念願の学校指定ジャージ!」と、目を輝かせていたし、彼女の国ではジャージは凄いものなのかも知れないけど、頬擦りは恥ずかしいからやめて欲しい。
「授業が楽しみニャン!」
「一緒に見ようね」
教科書が無い彼女のために机同士をくっつけて、二人で一緒の教科書を覗き込む。
猫さんとこんなことをしているというのが何とも不思議な気分。
(でも、楽しい)
そして授業が始まると、アマミちゃんは積極的に挙手して質問をしていた。もうすぐ大学受験に備えなければならない私たちよりも一生懸命に思える。
というか、結構頭が良い。
数学は正直、私たちよりも完全に学力が上だった。
「フフフ、分からないことは私に聞くニャン!」
「まるでお姉さんだね。アマミ姐さんと呼ぼっか?」
そう呼ばれるのは嫌なようで必死に抵抗していた。
軽い冗談なのに、その全部に全力なアマミちゃんはとても可愛い。
(もっと、仲良くなりたいな……)
私が去年末まで飼っていた猫もシャム猫だった。
老いて、晩年は病気で苦しんでいただけに、亡くなった後は、安堵と寂しさが綯い交ぜで、立ち直るまでに時間がかかった。いや、今でも完全には立ち直れていない。
アマミちゃんの存在は、そんな私の心を溶かしてくれる太陽のような存在だった。
休み時間に入ると、皆もアマミちゃんを囲んでいるけど、アマミちゃんは私に聞きたいことが沢山あるのか質問を繰り返す。
「レア氏レア氏、これは何て言うニャン?」
世間知らずのアマミちゃんからの怒濤のマシンガン質問。
矢継ぎ早に質問されるけど、不思議と嫌な感じはしない。
この日本で見るもの全てが新鮮で、新しい知識への出会いに溢れているアマミちゃんは本当に楽しそうだから。
「これは自動販売機だよ。自販機って皆は呼ぶよ」
「こ、これが伝説の自販機……凄いニャン!」
そして、放課後に入ると、周囲の友達からのお勧めもあって、部活の体験入部でハシゴすることに。
彼女は今、勧誘の女子部員たちに囲まれている。
「えー、アマミちゃんの国にもバレー部とバスケ部があったの?」
それ以外にも野球やサッカーもあって、球技は結構得意だと語っているアマミちゃん。
早速、先輩たちと軽くバスケをすることになったけど、予想以上の身体能力で話題を攫っていた。
「フェイダウェイで後方に2mも飛んだ上でスリー決めるなんて!インターハイを目指そうよ!」
「フフフ、ドヤニャン!私はポイントゲッターだったのニャン!」
アマミちゃんは鼻息荒く、自慢げな顔で胸と尻尾を伸ばしている。
皆も騒いでいるけど、帰宅部の私はどこか居心地が悪い。
「じゃあ、バスケ部に入部でいい?」
「ニャン?バスケ部には入らないニャン!私はレア氏と一緒に過ごすニャン!」
「……え!?」
突然話題を振られて、焦った。
でも、アマミちゃんは少し暗い顔をした私の様子を気にしていたようだ。彼女は優しい人なのだと改めて実感し、心が温かくなった。
「レア氏!レア氏が普段過ごす日常を一緒に過ごすニャン!」
「うん。ありがとう!」
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学校を出て、町に繰り出した私たちは、繁華街に来た。
アマミちゃんたっての希望なんだけど、道行く人たちには振り返られたり、二度見をされたりと、とにかく目立っている。
それでも全力で楽しんでいる彼女に、他人の目は関係ないようだ。正直羨ましく思う。
「レア氏レア氏!あそこにサイゼリヤって書いてあるニャン!」
「そうだよ。ファミレスのサイゼリヤだね」
「あ、あれが伝説のサイゼリヤ……」
一体どういうふうにアマミちゃんの国へ伝わっているのだろうと思ってしまうけど、こちらで有名なものへの知識はそこそこあるみたい。
どうしても行きたいと言うからサイゼリヤに入店し、スイーツとドリンクバーを頼んだ。
ここは私持ち。正直、ちょっと今月は厳しいけど、アマミちゃんのためだと思えば、少しくらい良いかなと奮発した。
「さぁ、ファミレスに来たなら恋バナするニャン!」
「え?なんで?」
「ニャン?私の国の国王様はいっつもそうしているニャン!」
猫の王様は恋バナ好きなのだろうか?
凄く会ってみたいという話をしながら、特に好きな相手のいない私としてはアマミちゃんの話題にすり替えた。
どうやら同い年に好きな人がいるらしく、特徴を聞くとメインクーンっぽい猫種のようだ。好きな人のことを語るアマミちゃんはとても乙女で微笑ましい。
「さ、そろそろ帰ろっか。送るよ。アマミちゃんの家はどこなの?」
「ニャン?家は無いから、学校に泊るニャン!」
詳しく話を聞くと、校長先生の好意で職員室の一角に居住スペースを借りているそうだ。
(なんか、それは寂しいな)
そう思い、思い切って自宅に招待してみた。
満面の笑顔のアマミちゃんを見て、正解が選べたのだと胸を撫で下ろす。
彼女は尻尾がウキウキに揺れ出したので、とても嬉しい提案だったのが丸わかりだし、鼻歌まで聞こえてきた。
「電車で二駅だからすぐだよ」
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「お母様、今日はお世話になりますニャン!」
「え、ええ……お構いもできず……」
帰宅前にLINEでお母さんに連絡は入れていたけど、冗談だと思っていたようで、アマミちゃんの姿に目を白黒させている。
それでも「まるであの子が帰ってきたみたい」と、最終的には受け入れてくれた。
写真立ての前で、去年までの愛猫の写真を眺めながら、アマミちゃんは首を傾げていた。
「この人は誰ニャン?」
「その子は去年まで私の相棒だったプーリンだよ」
猫魔族のアマミちゃんにとって、猫がどういう存在なのか分からないけど、興味はあるのかマジマジと見ていた。
そこにお出汁と鱈の良い香りが漂ってきて、アマミちゃんは鼻をクンクンとヒクつかせる。
「麗亜、アマミちゃん、夕ご飯できたわよ」
アマミちゃんのリクエストにより、今夜は銀鱈鍋。
葱などが入っていなくて、お母さんなりの彼女への配慮が見て取れる。アマミちゃんは葱が好きだと言っていたけど、異世界の葱と日本のが同じだとは限らないし、念には念をというお母さん。
いつもは二人だけの食卓。
プーリンが居なくなってからは、ただ、栄養を摂取するだけのその食卓が、久しぶりに輝いている。
「お母様の料理、最高ニャン!」
「いっぱい食べてね、アマミちゃん。いつまででも居ていいんだからね」
お母さんも嬉しそうだ。
私は、久しくお母さんの料理を褒めていなかったと少し反省した。
アマミちゃんは目に映る全てが新鮮だとはしゃいでいるけど、その度に日常にありふれたものが宝物なのだと気付かされる。
普段よりニコニコしたお母さんが弾む声をかけてきた。
「麗亜、お風呂に案内してあげなさい」
「はーい」
「お風呂ニャン?私、大好きニャン!」
アマミちゃんはお風呂が大好きなようだ。その辺りは一般的な猫とちょっと違うけど、シャンプーハットが無いのは困ると騒ぎ出した彼女のために、お母さんはダイソーへ全力ダッシュで向かった。
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ブォオオオオー……!
お風呂上がりのアマミちゃんをトリマーする。
気持ちよさそうにドライヤーを受けている彼女は、ご機嫌な様子で「後でレア氏にもしてあげるニャン」と言っている。私もまさか猫さんに髪を乾かして貰うことになるとは思っていなかったけれど、割と気持ち良かった。
ふかふかの毛並みに戻ったアマミちゃんと一緒にベッドに潜り込む。
「今日は本当に楽しかったニャン!レア氏のことをもっと知りたいニャン!」
「それは私もだよ。いっぱいお喋りしよ」
ベッドで横になってからもたくさんの話をした。
どんな時でも楽しそうな笑顔のアマミちゃんに、私は夢中になっていた。
日付を跨ぎ、そろそろ眠ろうという話になったので、部屋の灯りを消す。
オヤスミを告げて、暫く目を閉じていた。
(アマミちゃんもう寝たかな?)
そう思って彼女の方を見たら、アマミちゃんは声を殺して泣いていた。
「アマミちゃん!?どうしたの?」
「……レア氏」
アマミちゃんは今日が本当に楽しかったと語る。
そして、楽しかったからこそ、それを大切な仲間たちに伝えたいと思ったそうだ。
日本に仲間たちが来ているのか分からないし、どうやったら会えるかも分からないけど、「帰りたい」と彼女は切実な思いを言葉にする。
「私が……してあげる」
「ニャン?」
「私が元の世界にアマミちゃんを帰してあげる」
不安と郷愁の思いで眠れないアマミちゃん。
彼女と離れ離れになる寂しさを覚えつつも、元の世界に帰してあげたいと私は心から思った。
「頑張ろうね。アマミちゃん」
「頑張るニャン!もう一度皆に会いたいニャン!」
その笑顔が愛おしいと思いながら、私は深い眠りについた。