第9話:今度こそ変な虫が付かないように、本当に気を付けなけりゃ……!
「うーん……だけどさ、そもそも、この子のお父さんが誰か、気にならないの?心当たりもないんですか?お兄さん?」
再び容赦ない尋問を続ける私に、フィドルお兄様は悲しげな顔をする。
「君がこの家の前に倒れていたのは一昨日の夜半過ぎのことなんだよ。アリーを抱き締めるようにして意識を失っている君を見付けた時はもう、気が気じゃなかった。僕ももちろん、君たちをこんな目に遭わせたのがどこの誰かなのは気になってる。君がどうしても気になると言うのなら、犯人捜しをする努力もしよう。……だけどね、とにかく、今はまだ、ゆっくり身体を休めるべき時だ。これからどうするかは、それから考えたのでも遅くはない」
フィドルさんはきっぱりと言った。
そうね、たしかに。いろいろと事を急ぎすぎたのかもしれない。
「あ!そうだ……!」
私は紅茶をすすりながら、首に掛けておいた高級そうなペンダントを外して兄に渡した。
「死に掛けながらも、大事に大事に持っていたみたいなの」
兄は驚いた顔をしている。
「ずいぶん高価な代物だね。本物のアクロライトだ」
さすがは宝飾職人。
先ほどまでののんびりした顔付きとは打って変わって、真剣そのものの顔、目の色が変わっている。
「銀の質もいい。白いアクロライトは非常に希少性の高い宝石なんだ。レリーフにも手が込んでいる。これは、高値が付くぞ」
「……じゃなくて。売るつもりもないし、鑑定してもらおうと思って渡したんじゃないのよ、それ、開くでしょう?」
「ああ、ごめんごめん……」
兄は繊細な手付きでペンダントを開く。
兄は目を見開いた。
おぞましい物でも見るかのような顔付き。
「この方は……」
知ってるんだ、やっぱり……!
「その人のこと、知ってるの?ペンダントに大事に肖像画を入れてるぐらいだからきっとセレスタの恋人よね?アリシアの、父親なんじゃないかしら?」
兄ははっとして私の顔を見た。
動揺を抑えこもうとしているような顔だ。
「も、もちろん知ってるよ……だけど……とても僕の口からは言えそうにない、恐れ多くて……」
彼は苦しげに顔を歪める。
「この人が誰かは、いずれ必ず分かる……」
兄は頭を抱えて盛大な溜め息をついた。
「困ったなあ……!セティ、君は本当に、傾国の美女、『魔性の女』だったんだよ。君はこれまでに数々の男の人生を狂わせてきた……兄であるこの僕だってね、君のおかげでどんなに苦労をさせられたか……。でも、だからこそ、生まれ変わった君に、以前のセティがどんな女だったかは、できれば知られたくないんだ……」
兄はそんなことをぶつぶつ言っていたが、切り替えるようにふと顔を上げた。
「よし。まずはそうだね、一緒に買い物に行こう!君をまさか一人で出歩かせるわけにはいかないから、君たちの着替えは僕が一緒に買いに行くことにする。さもなければ君はまた、どんな男に色目を使って男のもとに転がり込むか、分かったもんじゃないからね」
「ず、ずいぶん酷い言いぐさね……」
いったいどんな女だったんだ、恐ろしい……。この、セレスタ・クルールなる女……。
「だけど、本当にその通りなんだよ、本人が望んでいたか、望んでいなかったかは僕にももはや分からないんだけどね、三歩歩けば男に声を掛けられるような、フェロモンダラダラの女の子だったんだよ……ティーンエイジャーにして既にね……」
兄はげっそりとした顔をしている。
「今度こそ変な虫が付かないように、本当に気を付けなけりゃ……!」
なるほど、それならばお兄さんがこんなに過保護になる理由も頷けるかも……。
せっかく異世界に転生したんだから、今世こそは娘を幸せにして自分も幸せになる!と宣言したばかりだと言うのに、転生した先がこんな女だなんて、本当に、前途多難だわ……。