第8話:ち、ちょっと!恥ずかしいんだけど、何か変なもの、出てこなかった……っ?
こんなところにわざわざ隠してあるということは、フィドル・クルールとその妹セティの、隠蔽したい秘密が書かれているのかもしれない。
しかも、セレスタの存在した痕跡を消すかのようにその持ち物もすべて捨ててしまったフィドルさんが、大事に取っておいたような代物だ。
是非とも読んでみたい……。
(もちろん全然関係ない書物である可能性もある。この世界の猥本だったりするかも知れない)
うーん、男性の手なら届くのかもしれないけど……。
このベッド、動かせるかな……。
その時、
「ただいまーーーー!」
私はドキリとして立ち上がった。
ベッドの下の埃をたくさん浴びてさらに薄汚れたワンピースの袖を慌ててパタパタと払う。
「セティー!アリー!お昼ごはん貰ってきたよ~」
のんびりとした声が聞こえてくる。
「お、お帰りなさい!」
そうか、もうお昼の時間か。
私はアリシアも連れて、ダイニングルームへ向かった。
この家は、玄関扉を開けて直ぐがダイニングルームだ。ほんとにその二部屋しかない。
フィドルお兄様はバスケットに入ったサンドイッチを持って帰ってきてくれた。
「僕は親方のお気に入りだからね、妹と姪っ子の分もってお願いしたら、こんなに……って、ええ!?何これ、家中ピカピカじゃないか……!」
彼はバスケットを食卓の上に並べながら、素っ頓狂な声を上げた。
「ち、ちょっと!恥ずかしいんだけど、何か変なもの、出てこなかった……っ?」
彼は激しく慌てている。
「大丈夫よ、もう。兄妹でしょ?税金の通知書とか、あなたの仕事の書類?アクセサリーのレシピみたいなのとか、難しそうな書類とか……あととにかく洗ってない洗濯物!食器!食べかすとかゴミとか!だらしないよ、お兄ちゃん!」
私は思わず声を荒げていた。
母にも良くこうやってガミガミ言っていたものだ。母はごめんごめん~ありがとね~今度やるから~とかしか、言わなかったけど。
「ご、ごめんごめん……。男一人所帯だとそういうの、どうしてもおろそかになっちゃてさ……」
フィドルお兄さんは食卓に座りながら頭を掻いた。
人の好さそうな笑顔。
この人と面と向かっていたら、妹とあらぬ関係になって子どもを作ったなんてお話は、汚い現代日本に育ってきた私のいらぬ妄想でしかない気持ちになってくる。
「それよりも、私とアリシアの着替えがないのが困っているの……」
私はみんなにお茶を淹れながら言った。
掃除をしながら、この家の食材やら調理器具やら食器やらがどこにあるかは、完璧に把握していた。
コップもちぐはぐだけど、三個見つけた。
「そ、そうか。着替えたいよね。セティは十六歳の時にこの家を出ていってしまったから、僕はセティのもの、全部処分してしまったのさ」
私はサンドイッチを食べながら、さらりと解答を口にするお兄さんの言葉を、少しだけ怪訝に思う。
妹が出て行ったからと言って、持ち物全部処分するって、どういうお兄さん?
この様子だと、別に妹との関係が悪かったわけでもなさそうだし、むしろ妹大好きシスコン兄貴と言う感じなのに。
よほどお金に困っていたとかなのかな。
「ねえ、お兄ちゃんは、私のこと好きだった?」
私は兄の向かいに座り、上目遣いに兄の顔を覗き込みながら、全力で兄を想う妹を演じてみた。
「な、何だよ急に……!今朝の仕返しとでも言うのかい?」
私の不意打ち攻撃に、兄は慌てふためいた様子で言う。
私はそんな兄の表情を冷静に、注意深く観察していた。
フィドル・クルールは耳まで赤くなっていた。
「も、もちろん大好きに決まってるじゃないか!大切なたった一人の肉親なんだから……!」
フィドルさんの『大好き』に含まれた気持ちが、家族としての愛情なのか、恋人としての愛情なのか。彼の素直な表情からは、読み取ることができなかった。
「たった一人の肉親なら、妹が出て行ってしまって、心配じゃなかったの?たった十六歳やそこらの娘だよ……?」
私はそんなフィドルさんに更なる尋問を続けた。
フィドルお兄様は顔色を変える。
「そりゃ、心配だったに決まってるじゃないか……!もうそりゃ、気が気じゃなかったよ!君がいったい、どこのどいつとどんなことをヤってるか、悲しい思いやツラい目にあってないか……僕は君が出て行ってしまってから、ほとんど、気が触れそうだった……っ!」
うん……?
なんか、やっぱりこの人、少なくとも普通のお兄さんの範疇は超えているよね……なんか、だいぶ、変わった心配の仕方じゃないか?
なんか、うん、まあいいか。
やましいことがあるなら普通、隠すよね。
この人が妹への愛をここまで大っぴらにして隠さないことは、やましいことがないからこそな気がする。
「だから僕は、君が帰ってきてくれて、本当に嬉しいんだ。こんなに可愛らしい姪っ子まで連れてきて……。僕は、肉親の子どもが、こんなに可愛く愛しいものだなんて、知らなかったよ。うん、可愛いアリー……!」
フィドルお兄様はサンドイッチに夢中のアリシアに頬擦りして言う。
私は溜め息をつく。
それでもまあ、悪い人ではなさそうだし、私とアリシアのことを愛してくれているみたいだし、当面衣食住には困らなさそうだから、この、どんな設定の世界であるかも手探りな異世界を攻略していくのに、チュートリアルをお任せするには、最適な人物なのかもしれない。
顔がアンドリューそっくりなことだけを除いては。