第7話:だ、だめよ……男性のベッドの下なんて覗き込んだら、何が出てくるか分からないわ……!
「さてと……」
家から出るなと言われたし、取りあえずこの食器を片付けちゃうか……!
台所にはきちんと流しがあった。
水道はないみたいだけど…傍らの大きな水がめにたくさん水が溜められている。
これを使うのかな。勝手にやったらフィドルさんに怒られるかな……。
まぁ、優しそうな人だし、こんなに放置されているのも気になるし、やっちゃうか!
私は水がめから盥に水を汲んで、流し台の上に置いた。
それらしき石鹸と、柔らかい素材のタワシみたいなものを見つけ、洗った食器を盥の水に浸しながら濯ぐ。
死んじゃったおばあちゃんちに行った時に、教えてもらったな。
おばあちゃんも貧しい人だったみたいだけど、水をなるべく節約して洗うには、盥に溜めた水の中で、汚れを落とすのが一番だと。
大人になった今思えば、多少不衛生な気もするんだけど、子どもの頃は、一円でも水道代を節約するために、この方法で食器洗いをしていた。
食器用洗剤も節約したかったから、ほとんどは洗剤も使わず水だけで洗っていた。
どうせ使うのは自分と、たまに帰ってくる母親だけだから、気にならなかった。
悲しいかな、幼い頃から体に刻み込まれた習慣である。 私は母の残した洗い物を、放って置けば臭いが酷いし、次の食事の時に困るので、細かい性格が災いして、いつもいつも洗っていたし、部屋の掃除もしていた。
風呂掃除もトイレ掃除も、お手の物だ。
気付けば、流しにあった食器類をすべて片付け、床や机や椅子の上に散乱していた雑多な品物を整理整頓し、部屋中を精魂込めて掃除していた。
アリシアはそんな母の後を付いて回り、見様見真似でお手伝いしてくれる。
そのたどたどしい姿がなんとも可愛らしかった。
やっぱり、女の子ね。
そして、私の子どもね、この子もきっと綺麗好きなんだ。
(いや、違うか、この子はセレスタ・クルールの子だった……。セレスタも綺麗好きだったと言うことなのかな……?)
「うーん……それにしても、変ね」
この家、本当にフィドルお兄様とその妹セレスタが生まれ育った家なのかしら。
それにしては、女物の小物が少なすぎるような……。
台所と一緒になったダイニングルームと、その隣にタンスやベッドの置いてあるベッドルーム、それに申し訳程度のバスルームとトイレ。
それだけの家だ……って言うことは、アンドリュー、じゃなかった、フィドルさんと私とアリシアは、三人並んで一つの寝室に寝ると言うこと……っ?
い、いろいろ不可解だな……。
この質素なシングルベッドに私は寝かされていたし、床には畳まれた毛布が一つ置いてあるから、フィドルさんは私たちにベッドを譲って、床に寝てくれていたみたいだ。
一つの部屋に、大人の男女が一緒に寝るなんて……。いや、兄妹だから別に気にしないのか……?
私は母ひとり子ひとりの母子家庭で育って、兄弟姉妹が居なかったから、その辺の機微がよく分からないのだけど……。
服を着替えて洗濯したかったけど、クローゼットには、フィドルさんの物らしき服しか入っていなかった。
何だか先ほどの妄想が信ぴょう性を帯びてきた。
血の繋がらない兄妹が二人きりで住んでいたのだとしたら、何があったか分からない。
二人が恋愛関係にあったとして、何らかの理由で破局して、義妹が出て行ってしまったから、フィドルさんは失意のあまり彼女のものを全て処分してしまったのだろうか。
それとも、二人が生まれ育ったおうちは、また別の家だったのだろうか。
まあ、たしかお父さんはフィドルさんが十八になる年まで健在だったそうだから、その頃はもっと大きなおうちに暮らしていたのかも。
「おっかあっしゃま……!」
私の妄想を破るように、アリシアが可愛い声で私を呼んだ。
彼女は小さな身体を床にペッタリと貼り付けて、ベッドの下を漁っていた。
「なにか、あるよ!」
「え……っ?」
私はアリシアと同じように床に転がってベッドの下を覗いてみた。
だ、だめよ……男性のベッドの下なんて覗き込んだら、何が出てくるか分からないわ……!と、ドキドキしながら。
たしかに、何かある……。
手が届きそうで届かない場所に。
暗くて良く見えないけど、本、かな……日記、とか……?