第6話:くすくす、セティってば、耳まで真っ赤だよ。
「おーい、セティ、何やってるの?ご飯だよ」
隣の部屋からのんびりしたフィドルさんの声が聞こえてくる。
アリシアにスカートの裾を引っ張られながら、私は隣の部屋の食卓へ向かった。
質素な家だった。
掃除が行き届いていないのか、床には埃が溜まっていて、流しにも洗われていない食器がたくさん。服や書類や、生活感たっぷりの品物たちが狭い空間を雑然と埋めていた。
朝ごはんは丸い形の固くて酸っぱいパンと、乳くさい牛乳。しょっぱすぎるサラミ数枚だけだった。
正直美味しくない。
隣でアリシアは大人しく食べているけど、これじゃあ育ち盛りの子どもの栄養としては今一つね。
私は心の中で思った。
せっかく超絶美少女なんだから、カップ麺と食パンだけで育った痩せぎすの私みたいにはなってほしくない。
「セティ、僕はこれから仕事に出掛けるけど、君はまだ身体が充分に癒えてないんだから、この家から外にはぜっっっっったいに、出てはいけないよ。二人で大人しく、お留守番をしてること!」
朝食を食べ終わったアンドリューそっくりのお兄様は、椅子に座った私の傍らに立ち、私の両肩を持つと、長身を屈めて私の耳もとに軽く口付けた。
「愛してるよ、セティ。少しの間離ればなれだけど、我慢してね」
ぞわりと鳥肌が立って、心臓が口から飛び出そうになる。
「ち、ちょっとやめてよ、あなたお兄ちゃんでしょ!妹になに気持ち悪いことしちゃってるんですか!?」
フィドルお兄様は優しげな顔をニコニコさせて言う。
「くすくす、セティってば、耳まで真っ赤だよ。セティこそ、妹なのに、なにそんなに意識しちゃってるの?親愛の情で耳もとにキスなんて当たり前のことでしょう?記憶無くしたら、そんなことまで忘れちゃったの……?」
く、くそ……こいつ優しそうな顔をして侮れない。
アンドリューそっくりの顔で、そういうことしないでよ!
こっちの心臓が持たないんだから……!
「おとうしゃま!わたしもわたしも!」
アリシアは手を伸ばしてフィドルさんにおねだりする。
「はいはい、可愛いアリー。何度言ったら分かるんだい?僕はお父さんじゃないんだよ、君の、お母さんのおにいさん。おじさん、と呼ばれるのはちょっとツラいから、フィドルって呼んでくれないかな?」
フィドルさんはアリシアをぎゅっと抱き締めて言った。
「じゃ、言ってくるね!」
フィドルさんはるんるんで家を出ていった。
うーん……あの人、本当に血の繋がった兄なのかしら……?
兄は茶髪に茶色い瞳の優しげな容姿、一方で妹は、銀髪に紫眼で、どちらかと言うと冷たそうな印象の美女——二人の外見は、正直まったく似ていない。
まさか、実は妹はどこかよそのおうちからかもらわれてきた血の繋がらない兄妹で、密かに想い合っていた兄と妹は本当の兄妹ではないという事実を知ったあげくその恋を成就させて、産まれた赤ちゃんがアリシア、なんてことは……ないわよね……?
私はなんだか怖くなってきた。
二人が想い合っていたならまだいいんだけど、兄から義妹への一方的な愛で、無理矢理できちゃった赤ちゃんで、だからこの家を飛び出したとか、そんな話だったら怖すぎるぞ。
アリシアはあらぬ妄想を繰り広げる母の顔を、不思議そうな顔をして見つめていた。
「ご、ごめんごめん、あなたを目の前にして私はなんちゅう妄想を……」
アリシアとフィドルおじさんの顔も、うーん、似てない。
どちらかと言うと……私は例のペンダントを開けて、鋭い眼光、仏頂面の黒髪イケメンを眺めた。
そうね、どちらかと言うと、この人に似てるかな、アリシアは。
「アリシアは、お母さん似ね」
「うん、よく言われるよ」
冷たい印象のセレスタを、思いっきり可愛くしたような顔だ、アリシアは。
髪色や瞳の色も含めて、母によく似ているから、顔立ちで父親を探すのは難しそうだ。
「フィドルさんが出ていっちゃう前に、このペンダントの男を知らないか、聞いとけば良かったな……」
さっきはキスに動揺しすぎて、それどこじゃなかった。
フィドルさんが帰ってきたら、ぜひとも聞いてみよう。