第5話:アリー、あなたは、お母さんのこと、好きだった?
これは……。
はっとするほどの美男子が怖い顔をしてこちらを睨み付けていた。
写真の技術はこの世界には存在しないのか、それは小さな肖像画だった。
小さな絵なのに、細かく丁寧に描かれている。
小さいからよくは分からないが、黒髪だ。
ごく普通の、日本の一般的なサラリーマンがするような、清潔な長さの黒髪に、鮮やかな朱色の瞳。
目が合った瞬間に、私の胸に鋭い傷みが走る。そして、背中にも再び傷みが……。
激しい動悸。
私は混乱しながら、傍らの娘にその肖像画を見せた。
「この人が、あなたのお父さんなの?」
アリシアは真ん丸な瞳で黒髪の超絶な美男子の肖像画を覗き込んだ。
アリシアは、はいともいいえとも言わず、とても悲しそうな顔をした。
「アリーこわい……。この人、こわいひと」
アリシアの声も震えている。
セレスタ・クルールを鞭打ったのは恐らくこの男だ。
もしかしたら、セレスタはこの男に殺されたのかもしれない。
そして、死ぬはずだった女の身体に、死んだ私の魂が転生したのかもしれない。
この子の父親を突き止めて、何がなんでも責任取って、養ってもらおうと思ったけど、なかなか難しいことなのかもしれない。
この子を幸せにすると決めたのに、再び殺されるのは嫌だ。
私は溜め息をついてペンダントを閉じた。
まったく……いったい、どんな二十四年間を過ごしてきたの?この女は……。
「アリー、あなたは、お母さんのこと、好きだった?」
アリシアはにこりと笑って言った。
「うん、大好きだよ!」
「そっか……」
先程とは打って変わってニコニコした顔に癒される。
私は思わずその柔らかな銀の髪を撫でていた。
ちっちゃくて、可愛い生物だ。
生前の私には縁の無かった生き物。
セレスタ・クルールは、十代から外で男作って遊び歩いてた……って、いったいどんな女だ!?と思ったけど、少なくともこの子はきっと、セレスタに可愛がられていたに違いない。
でなければ、こんな風に母親にニコニコしたり、頭を撫でられて嬉しげに身体を寄せてきたりはしないだろう。
少なくとも私は、自分の母親にそんな風に接した覚えはない。
部屋のすみに姿見があることに気付いて、私はゆっくりとそれに近付いた。
恐る恐るその前に立つ。
これが、私……?
絶世の美女がそこにいた。
アリシアと同じ、長い銀髪に薄紫色の瞳。
「嘘みたい……」
日本人女性だった時、私はお世辞にも整っているとは言い難い容姿だった。
中肉中背、地味で平凡な顔立ち。
黒い髪はクセっ毛だった。
お金があれば、ストレートパーマを掛けて清楚な直毛黒髪ロングになりたかった。
「なんて、綺麗な人……」
着ているワンピースは、何日も着替えていないみたいに薄汚れてはいたけど、手足はほっそりとして、肌は白くてキメが細かく、たおやかだった。
人を容姿でどうとか言うのは嫌だけど、こんな美人なら、外に男が何人居ても仕方ないのかもしれない。
本人が望むと望まないに関わらず、男を惹き付けてしまったのかもしれない。
「アリシア」
私は小さな少女をもう一度ぎゅっと抱き締めて宣言した。
「わたし、決めたわ。今世では、この美貌で、成り上がってやる。そして、あなたを、この世界で一番幸せな、素敵なお姫様にしてみせるわ……!」
一度死んだんだもの、たまたまなんの僥倖でか知らないけど、見たこともないお伽噺みたいな世界の、絶世の美女になれたんだもの……!
こんな幸運、そして機会を逃す手はないわ……っ!