第49話:たとえあなたが愛してくれなくても(1)
「まったく、本当に、忌々しい。とんでもない悪女だ」
ヨハン・ラドラックは吐き捨てるように言った。
その言葉には、彼を騙したセレスタへの、誰よりも深い怨みと、哀しみが籠っているような気がした。
「未練たらしい男だと思うか……?
アリシアを連れて、自分が殺したセレスタの亡骸を、カレルの姿でフィドル・クルールの元へ運び込んだのは俺だ。
俺は魔法使いだからセレスタを蘇生させられるとフィドルに説明したのも俺だ。
俺はアリシアとセレスタを、フィドル・クルールに託し、お前たちにはもう、二度と会うまいと思っていた。
二度と会うまいと思っていたのに、再び王宮を抜け出して、宝石店の店主としてお前を雇ったのも、この俺だ。
少しの間だけでも構わないから、お前とアリシアの傍に居たかった。
身勝手極まりない話だが、セレスタとアリシアと、一度は自らの手で壊してしまった三人で過ごす日々を、取り戻すことができればと思っていた。
だが、一緒にいてしみじみと分かったことがある。
当たり前のことだが、お前はセレスタとは全く別の人間だ。外見は同じでも、中身は似ても似つかない。
そして……魂が違う人間だからか、たとえ身体がセレスタだったとしても、お前に対しては呪縛のような、盲目的な恋心を抱くようなこともなかった。
これは、自分にとっても有難い誤算だった。もう二度と、あんないまいましい呪縛に縛られるのは御免だと思っていたからな」
カレルさんは、長い溜め息をついた。
有難い誤算、と言いながら、カレルさんはとても寂しそうだった。
本当は私ではなく、セレスタ・ラドラック本人を蘇生させたかったに違いない。
「どんな理由があったにせよ、俺が人殺しであることに変わりはない。セレスタを殺した咎人であるという事実が消えることはない」
「違います、よね」
私は思わず口を挟んでいた。
「この部屋に来た時に、脳裏にある光景が浮かびました。刻み込まれていたんです。死してなお忘れることのないあなたへの深い愛情とともに、最期の瞬間のことが。陛下、あなたは何度も執拗に彼女を打擲したけれど、それで彼女が死んだわけではないですよね。彼女は最期に、この部屋の窓から身を投げた。彼女を殺したのはあなたではない」
カレルさんは、首を横に振った。
「いや、セレスタを殺したのは俺だ。セレスタを誰よりも愛していたのに、その人を信じきれず、彼女を守りきれず、死に追いやったのは他ならぬ俺だ」
カレルさんの深い群青色の瞳から、宝石のような涙が零れ落ちる。
「セレスタを愛していたのに」
カレルさんは、後悔し続けているんだ。
「それでもあなたは、彼女の遺した言葉のために、生きているんですね」
カレルさんはうんとも、いいえとも言わなかった。
責任感のある人だ。
腐った宮廷社会など捨てて、二人で逃げ出すこともできただろうに。
彼は国を護る唯一の魔法使いだから、国王であり続けているのかもしれない。
「カレルさん」
私は彼の寂しそうな目を見て、きっぱりと言った。
「私は、あなたを幸せにします。あなたの傍で、あなたと、そしてアリシアを、全力で、幸せにします。セレスタが生前願った『最期の願い』を、私が叶えます」
そうでなければ、あまりにセレスタが可哀想だ。
運命に翻弄されて自ら死を望んだセレスタが、あまりにも可哀想だから。
「好きにしろ。……ただ、ひとつだけ言っておく。お前を蘇らせたのはあくまでアリシアのためだ。血迷った父親に母親を殺されたアリシアが、あまりにも不憫だったからに過ぎない。ゆえに、俺はお前を愛するつもりはない。俺が生涯愛す女はセレスタ・ラドラック、ただ一人だけだ。彼女以外の人間と、ふたたび恋に落ちるつもりなどは一切ない」
私は思わず微笑んでいた。
この人と言う人は……。
もう、セレスタとの呪縛はとっくに解けているはずなのに。
セレスタが命がけで願ったにも拘わらず、この王は、新たな『運命の花嫁』を探して娶ることもせず、自分の跡継ぎにできる赤の他人の子どもを探してきて養子にして、王太子に据えたのだ。
なんて一途な方なのだろう。
「それで、かまいません。私はあなたのことが好きです。たとえあなたが愛してくれなくても、あなたのことが好きです。だから、いつまでもあなたと、アリシアの傍にいて、あなたたち二人を幸せにすると誓います」




