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嫌われ悪女セレスタが殺された理由  作者: 滝川朗
終章:悪女セレスタ・クルールが殺された理由
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第48話:セレスタの手記(2)

——貴女のことが好きです。もし貴女が望むのならば、貴女を妻として迎えたい。


 真摯な深い紺色の瞳に見詰められて、私は夢でも見ているような心地だった。

 私は本当に幸せで、シンデレラ姫になったような気持ちだった。


 私が彼のプロポーズに応じた時、彼はすべてを明かしてくれた。


 私ももちろん、年頃の娘だったから、この国の王子様が結婚相手を探していることは知っていた。

 でも、遠い場所で行われていることで、自分とは縁のない世界の話だと思っていた。


 キャバレーには爵位のある貴公子様もお忍びで遊びには来ていたが、当然みんな遊びなのだ。

 ショーガールを本気で妻に迎えようとするようなおろか者には出会ったことがなかった。


 私は不思議でならなかった。

 どうして一国の王子様が宝石を売るような仕事をしていたのか。

 宮殿で優雅に舞踏会でも開きながら、王子様に相応ふさわしい花嫁が集まってくるのを待っていればいい身分のはずなのに、いったいなぜ?


 すると彼は言った。


——市井しせいの人々の生活に興味があったからです。自分の身体を使って仕事をして、自分で稼いだお金を遣り繰りしながら食事を用意し、家賃を払い、服を買って……一度でいいから、そんな生活をしてみたかった。

 その日その日を生き抜くために必死で働いている人達からしたら、自己満足の道楽だと思われるかもしれません。

 それでも、僕にとっては貴重な日々でした。

 いつかこの国を統べる王になるために、必要なことだと思ったんです。

 いつまでも見つからない『運命の花嫁』を見つけるため、と言うのは言い訳です。

 それを口実に、僕は宮廷社会を抜け出したんです。

 そして——貴女に出会うことができた。


 貴女は素晴らしい人です。

 貴女はこれほど困難な世界に身を置きながらも、少しも清らかさを失ってはいない。

 貴女をおとし搾取さくしゅしようとするたくさんの者たちの手から、貴女は何も奪われてはいない。

 貴女が身を置く世界が醜ければ醜いほど、貴女が損なわれずに守り続けている価値観と、倫理観の清らかさが際立ちます。

 それは何不自由ない人生を送ってきた僕のような人間には持ち得ない強さです。

 貴女は気高く、美しい。


 彼がくれた宝物のような言葉を、一言一句忘れぬようにしるしておきたい。

 これまでに私が手にしてきたどんな宝石よりも貴重な、大切な大切な宝物。


——素晴らしいのは私などではなくエヴァン・ラドラック、あなたです。


 泣き崩れる私をエヴァンは優しく抱き締めてくれた。

 私がそれまで出会ってきた人達は、私の美しさを愛でるだけだった。

 彼は、王家の呪いに縛られながらも、私の本質を見てくれていた。

 そして私も、そんな彼のことを愛していた。



 彼は王族という立場を、初めてみずからのために使い、店との雇用契約書に書かれた莫大な違約金を支払ってくれて、私は正式に、彼の花嫁となった。



 

 私は後悔している。

 エヴァンの王妃となったことを。


 たくさんの人を不幸におとしいれ、罪にまみれた悪女の分際ぶんざいで、いつか罪をつぐないエヴァンの妻に相応しい女性になりたいだなどと、願ったことが間違いだった。


 私は幸せになどなってはならない人間だったのに。


 私はエヴァンのことを深く愛していた。

 それなのに、私は誰よりも愛する人を、不幸のどん底におとしいれたのだ。


 すべて私のせい。

 私のせいで、エヴァンは不幸で、みじめな王にされてしまった。



 すべてのきっかけは、アリシアに魔法の力が無かったことだ。

 せめて相応ふさわしい世継ぎが生まれていればまだ良かったのに、なぜかアリシアには魔法の力がなかった。

 呪われているかのようだった。


 エヴァンは古い文献ぶんけんを当たってくれて、そのような前例がないか必死で突き止めようとしてくれていた。

 アリシアに魔法の力がない理由は分からなかった。


 そして、ゴシップが大好きで、私たちの事情などには興味のない世間からの風当たりは、ますます強くなるばかりだった。


 地獄のような日々が続いた。


 私は子どもを望むことすら恐ろしくなった。


 また、魔法の使えない子どもが生まれてくるのではないか。

 また、違う男の子どもだと疑われるのではないか。


 私たちにはアリシアというこの上なく可愛い娘がいるというのに、その子がエヴァンの子どもだと証明できず、二人目の子どもができないというだけで、これほどに苦しめられなければならないとは。


 それは、罰だった。

 自分の犯してきた罪が、罰としてそっくりそのまま降りかかっているだけのことだった。


 罰を受けねばならないのは私だけなのに、どうして清らかなエヴァンやアリシアまでもが、悲惨な目に遭わなければならないのか……。


 大好きなエヴァンが、悪女にたぶらかされた愚かな王とののしられるのが、私にとって何よりも耐えがたいことだった。

 かといって、王妃の座から逃げ出すこともできない。

 そんなことをすれば、悪女に惑わされたあげく棄てられた哀れな王だと人々からまた笑われてしまうだろう。


 そして、たとえ私がどんな理由を付けて彼の元を去ろうとも、「運命の花嫁」の呪縛からエヴァンが解放されることはないのだ。

 彼は、彼の元を去った私のことを探し求め続け、苦悩し続けることになるだろう。


 私はエヴァンを呪縛から解放してあげたかった。


 初めに考えたのは、自ら死ぬことだった。

 だがこの方法でも、私を心から愛しているエヴァンは、私を護りきれなかったことを悔やみながら生き続けることになるだろう。


 それならば、私は最後まで『悪女』をつらぬくことにしよう。

 エヴァンに心の底からうらみ、憎まれ、そして、その手に掛かって死にたい。

 それが、エヴァンが私の呪いから解放され、私のことを忘れ、新たな婚約者を探して真実幸せになれる唯一の方法だから——そして、あなたが私のことなど忘れ、素敵な女性と真実の愛を見つけて、幸せになってくれることを、切に願う。


 エヴァン、いや、カレル。

 私は、あなたのためにこの手記を遺します。


 一つだけ心残りなのは、私のせいで不幸にしてしまったアリシアのことです。

 アリシアは賢いから、きっとすべてのことを理解していると思う。

 あの子を、できればこのみにくい宮廷社会から遠ざけてほしい。


 アリシアには、私のように苦しんでほしくはないから。


 私はあなたのことを心から愛しています。

 だからどうか、私のこの『最期の願い』を、叶えてはくれませんか。

 あなたはどうか、生きて、幸せになって。

 

 私を救い出してくれた、私の大切な王子様。


                            セレスタ・ラドラック


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