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嫌われ悪女セレスタが殺された理由  作者: 滝川朗
終章:悪女セレスタ・クルールが殺された理由
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第47話:セレスタの手記(1)

 私は、肌身離さず持ってきていたセレスタの手記を開き、震える手で最初の一頁を開けた。


 最後の一頁だけで構わないと言われたが、私はゆっくりとそのすべてを読んだ。


 私はその書き出しの一行に、はっとさせられた。



  ***



 誰にも、省みられることのない人生だった。

 みんな愛されてる。

 みんな誰かに想ってもらっている。

 本当にひとりぼっちなのは私だけだ。


 ずっとそう思っていた。


 けれどそんな私に、真実の愛をくださった方が二人居る。


 たくさんの罪を重ねてきた私だが、この事実だけは真実として、ここにつづっておきたいと思う。


 一人は、宝飾品の工房で働く職人――名をフィドル・クルールと言う。

 

 八歳で両親を亡くし、路頭ろとうに迷っていた私は、クルール家に拾っていただいた。

 彼らに拾われて居なかったら、私はどれだけ悲惨な人生を送ることになっていたか分からない。


 お父様も同じ工房で働く職人で、二人とも勤勉であたたかな方たちだった。


 私は二人のために、料理や洗濯を覚え、一生懸命働いた。

 この時期が私の人生の中で、もっとも安らぎのある時期だった。


 そのうち、お義父様が亡くなった。

 義兄が十八、私が十四の時だった。

 義兄は、けして多くない給金で懸命に私を育ててくれた。


 私は申し訳ない気持ちがしていた。

 自分も何か、義兄の役に立ちたいと思っていた。


 言い訳にすぎないが、私は自分の容姿がどれだけ人を惹き付けるかということにまったく気が付いていなかったのだ。


 だから、ある時街中でショービジネスの人間にスカウトを受けた時、世間知らずの小娘だった私は完全に舞い上がっていた。

 

 舞台の上で歌ったり踊ったりするだけで、義兄の給金の倍以上のお金をもらえると言われたのだ。


 それがどんな世界であるかも知らずに。


 義兄は当然猛反対した。

 義兄はいつも私の身を案じてくれていて、義兄の言葉は正しかったのに、私は優しい義兄の言葉に反発して、家を飛び出した。


 私は本当に愚かで、浅はかだった。


 その時私は十六歳。

 綺麗なドレスや宝石が羨ましい年頃だった。

 美味しいものをお腹いっぱい食べられて、お姫様みたいな綺麗な服が着られるのは、貴族や大商人と言った、働く必要のないお金持ちの家の子どもだけだった。

 

 劇場の支配人は、私をお風呂に入れてくれて、極上の香りのする石鹸でピカピカにして、可愛い服を着せて、お人形みたいな姿にして、舞台に立たせた。


 私は本当に舞い上がっていた。

 まさか、何の取り柄もなく、地味で人前で話したり笑ったりすることも苦手だった自分が、こんなに垢抜けたお姫様のような姿に変身できるなんて。

 本当に、私が舞台の上で着飾って歌ったり踊ったり、たまに言い寄ってくる男性とはお喋りをしたり、それだけで、たくさんのお金を払ってくれる人が大勢いるのだ。


 私が頑張れば頑張るほど、支配人は香水やお姫様みたいな綺麗な服、アクセサリー、たくさんのプレゼントをくれた。


 その後ろで、成功者を妬んだり、お金を失って身を滅ぼしたり、怨みを募らせるような人々がいると、想像することもできなかった。

 やってくる男の人たちがしているのは、みんなあくまでお金持ちの『遊び』だと思っていたし、私は子どもで、本当の恋を知らなかったから。

 好きな人を奪われるということがどんなことかも、分からなかったから。


『ラドラックの真珠ヒルダ・ビューレン』のでき上がりだ。


 妬まれていると気付いた時、自分の成功の影で涙を飲んでいる人たちがいると気付いて、こんな仕事からは足を洗いたいと思った時には、もうどうすることもできなくなっていた。


 私に与えられた数百万ルシルもする洋服や宝石、香水やそれらは、すべて事細ことこまかく私宛ての領収書を切られていた。


 そして、何が書かれているかもよく知らないままにサインさせられた契約書には、莫大な違約金が記載されていた。


 つまり、私は、死ぬまで劇場で働いても、到底返せないような借金を、知らない間に背負わされていたのだ。


 劇場にとって、私はそのぐらい、手放したくない金の卵だったのだろう。


 私は、にこにこ優しい仮面を付けた支配人に命じられるままに、たくさんの男達から金品を巻き上げるための目玉商品となっていた。


 見た目は本当に、シンデレラストーリーみたいに、美しいお姫様になったけど、中身はどこまでも薄汚れてしまった私に、義兄だけはずっと味方でいてくれた。


 義兄は、劇場の支配人の元に通いつめ、私達が生まれ育った家も、家財もすべて売り払って小さな家に移り住み、自分で稼いだお金もすべて、私の借金返済にあててくれていたそうだ。


 私はそんな義兄のためにも、いつかこんな仕事からは足を洗いたくて、必死で働いた。

 支配人に言われるままに、様々な手練手管てれんてくだを使って、稼ぎに稼ぎまくった。


 ヒルダ・ビューレンは本当にたくさんの男性を破滅に追いやり、たくさんの女達の怨みを買い、罪に罪を重ねて行った。


 そしてそんな極限の日々の中——私は出逢ってしまった。


 十八歳、生まれてはじめての恋だった。


 はじめてその店に行った時、私はあるお金持ちの男性と一緒だった。

 何でも好きなものを買ってやると言われて。

 そういう贈り物をくださる方はたくさんいらっしゃったから、何も特別なことではなかった。


 私は正直、男性のことをまったく信用していなかった。

 華やかなショービジネスの世界にまれていた私は、十代後半にしてすでに、成熟しきった大人の女みたいな考え方をするに至っていた。


 男性に贈り物をもらっても、愛をささやかれても、心を動かされるようなことはなくなっていた。

 彼らは愛を囁いても、次の瞬間に別の女性に同じことをするのだ。

 私に贈り物をしてくれる男性には、恋人や妻子のある男も、当たり前のようにたくさんいた。


 罪にまみれて後ろ指さされる私のことを、本気で愛してくれる人など、いるわけがないと思っていた。

 



 その人は、王室御用達おうしつごようたしの宝石店のカウンターに、静かに座っていた。


 彼は彼のその内面を映すように、静かで、美しかった。

 一目見た時から、その姿から目が離せなくなった。


 深い海の底のように穏やかな眼差し。長い睫毛まつげと、高い鼻梁びりょう


 私は彼がアクセサリーに触れるために手袋をはめる洗練された仕草を、ずっと観察していた。


 私の連れである男性に話を合わせながら、宝石を見つめる目線や所作がとても優雅で、繊細で、美しいと思った。


 私の首にネックレスを掛けてくれながら、ときおり鏡の中の、深い群青色の瞳と目が合った。


 不思議だった。

 これまでいろいろな男性に出会ってきたはずなのに、初対面で、こんな気持ちになるのは初めてのことだった。


 触れてみたい、と思った。

 私に触れようとしてくる男性はたくさんいたが、男性に触れてみたい、と思ったのは、初めてだった。


「よくお似合いですよ」

 彼の口からこぼれる深く落ち着いた声が、魔法の呪文のように私の胸をくすぐった。

「とても美しいです」


 もう一度会いたいと、強く思った。


 私は機会をとらえてもう一度その店へ行ったが、彼は居なかった。

 店主が、こっそり教えてくれた。


 彼は高貴な家柄の出身だが、貴族の道楽で店を手伝いながら、気ままな生活をしているのだという。

 そんな話を聞いて、私はとてもがっかりしていた。


 そんな、高貴な方が、私のような生業なりわいの人間の相手をしてくれるはずがない。

 いや、もし相手をしてくれたとしても、やはり他の男性と同じように、アクセサリーの一つのように、自分を扱うだけだろう。


 だから、彼が意外にも私の店へ姿を現し、黄色いミモザの花をあしらった可憐な花束を贈ってくれた時も、まったく期待はしていなかった。


 彼もまた、他の男たちと同じだろう。


 カレル・クラマルス卿。

 青い髪に青い瞳の、男爵の爵位を持つ貴族。


 彼の結婚相手として相応ふさわしいのは同じく貴族のご令嬢だ。

 自由気ままな道楽のような生活をしている彼にも、決まったお相手がいて、遊び相手を物色しているだけに違いないと。


 お店の支配人に与えられて、一人暮らしをしていた集合住宅アパートメントの部屋に、彼にもらった黄色いミモザを飾って、いつかあんな素敵な人と、幸せな家庭を作ることができたら……と夢想しながら、その可憐な花を眺めていた。


 黄色いミモザは、キャバレーの踊り子に贈るには随分地味な花だ。

 花言葉は「感謝」、そして、「うちに秘めた想い」。


 うちに秘めた想い——彼らしさが溢れていると思った。


 彼は、私の知っている、私に大輪のバラを贈ってくるような男性たちとは、雰囲気がまるで違っていた。


 彼はとても控えめで、女性の扱いにも慣れていない様子だった。


——今度一緒に、どこか出掛けませんか?


 遊びだったとしてもかまわない。

 私は彼と二人きりになりたくて、さりげなく彼を誘った。

 彼は初めて口元をほころばせて、とても幸せそうな笑顔を見せてくれた。


 私は行きつけのカフェに彼を誘い、人目を避けてゆっくりできる個室で、二人きりでお茶をした。


——美味しい。これは、何と言うお菓子ですか?

——パン・プディングと言うのよ。私はこのお店のパン・プディングが一番好きなの。ねえどうか、堅苦かたくるしい言葉づかいはやめて。私もっとあなたと親しくお話したいわ。


 彼は私のおすすめのカフェのパン・プディングを、美味しそうに食べてくれた。


 他愛もない会話が楽しかった。

 一杯の紅茶と、口数の少ない彼の口からこぼれる魔法のような言葉が、とても愛しく貴重なものに思えた。


 私たちは何をするでもなく、人目を忍んで出掛けたり、カフェでお茶をしたり、静かに、ゆっくりと過ごした。


 いつの間にか彼と過ごす短い時間だけが、私の生き甲斐がいになっていた。

 カレルに会える日を、指折り心待ちにしながら、毎日に耐えていた。


 今思うと、あの時期が一番幸せで、二度と戻れない貴重な時間だったのだ。


 彼のことが大好きだった。


 本当に彼が、一国の王なんかじゃなく、ただの市井しせいの人で、私も悪女なんかでなければ、どんなに良かっただろう。


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