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嫌われ悪女セレスタが殺された理由  作者: 滝川朗
終章:悪女セレスタ・クルールが殺された理由
45/51

第45話:カレルさんの魔法が、護ってくれるような気がした。

 足は緊張に震えていた。

 何せ、自分を殺した相手だ。


 だけど、私の手元には、陛下の肖像画が描かれたペンダントがあり、セレスタの手帳があり、そしてカレルさんのピンキーリングがある。大丈夫。


 私はそっとピンキーリングに手を触れた。

 カレルさんの魔法が、護ってくれるような気がした。




 重厚な両開きの扉を開けた先は、薄暗いプライベートルームだった。

 セレスタとアリシアに与えられた部屋と間取りは似ているが、建具や家具は黒い紫檀したんのような落ち着いた色合いの物が多い。


 そこに、黒髪をすっきりとした長さに切り整えた、深紅の目をした男が居た。

 重厚な椅子に座って。


 優しさのない氷のような冷たい顔。あの肖像画、そのものの顔だ。

 私の胸がぎゅっと締め付けられるように痛む。


「エヴァン……」


 まるで、操り人形になったように、私の口からかつてセレスタが愛した男の名前がこぼれ落ちた。


 彼はそれに呼応するように、立ち上がると、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。

 そして、私のあごの下に指を当てて、上向かせると、深紅の瞳で私の目を射抜くように見据えた。


覆水ふくすいは、ぼんへ」

 低く、呟くような声が告げる。


 ウィルヘルム王太子と同じ……国王ヨハン・ラドラックもまた、魔法使いだった。


「……これで、セレスタに戻ったな」


 私のハーフアップにまとめられたピンク色の髪が、元通りの銀髪になった。おそらく瞳の色も、紫色に戻っているのだろう。


「あなたもまた、魔法が使えるのですか」

 私はなぜか、そのことが気になった。


 ウィルヘルム王太子もまた、魔法使いだった。

 この人も魔法使い……?


「当然のことわりだ。ラドラック王家の血を引いていることの証明は、魔法が使えるかどうかだ。逆に言えば、この国で王族以外に魔法の使える人間はいない」


 さらさらと流れる落ち着いた声。

 王族以外に魔法を使える人間はいない……?

 では、カレル・クラマルスは……?

 やはり彼も王族なのか?


 なぜ彼は自分が魔法使いであることを口外するなと言ったのか……。


 ヨハン・ラドラックの左耳にピアスがあった。

 見覚えのある青い宝石のピアス。


 私の胸が激しくさわぎはじめる。


「あなたは……まさか……」

 小さな肖像画だったから分からなかったのだ。

 髪の色と長さ、瞳の色が違うだけでこれほどまでに印象が変わるとは。

 それでも、深く落ち着いた声は同じ。

 直感で解った。

 私の中のセレスタ・クルールが『然り』と告げている。


「……俺は魔法使いだからな。造作もないことだ」


 こぼれたミルクも盆へ――国王ヨハンが指を鳴らすと、ヨハンの短い黒髪は瞬時に肩で切り揃えられたさらさらの青く艶めく髪になり、瞳の色も濃い群青になった。

 目鼻立ちまで変わったかのように印象が変わる。


 なぜか分からないのだが、私の両目から涙があふれだした。


 セレスタ・クルールがい、がれ、ずっと会いたいと願っていた人。

 どうして気が付かなかったのだろう。

 その人はいつも、すぐそばに居たというのに。


「でも、いったいどうして……?どうして国王陛下が宝石商など……?」


 全く分からないことだった。

 あの店はきちんと実在していたし、カレルさんは、いつもたいていあの場所に居たではないか。


「あの店は、ヨハン・ラドラックが結婚相手を物色するためにもうけた仮の住まいだ。あの店はもともと王室御用達おうしつごようたしの宝石店だった。まだ王太子だった頃、たわむれにあの店の先代オーナーに頼んで入り浸らせてもらっていたんだ。俺はどうしても婚約者を探す必要があったからな。宮廷での生活に、面白いことなど何一つない。それに比べれば、店に来る客をながめているのは、学びある有意義な日々だったよ」


「そうしてあなたは、歌姫ヒルダ・ビューレンに出逢った……」


「言っておくが、夜の店で遊んでいたわけじゃないぞ。ヒルダもあの宝石店の常連客だったんだ。だから知り合った」


 そこは別にどちらでも構わないんだけど……。

 女遊びをしていたと思われたくないのね。

 クールなのに、変なところにこだわるところが、なんとも可愛らしかった。


「フィドルさんは、知っているの?あなたとカレルさんが同一人物だと言うことを」


「おそらく知らないだろう。俺もえて明かしてはいない。俺が魔法を使えることは、フィドルを含め一部の人間には伝わっていたことだったから、カレル・クラマルスは先代の国王の隠し子と言うことで通していた。その方がいろいろなところに顔が利くからな。カレル・クラマルス男爵。遊んで暮らす貴族のボンボンだ」

 彼は自嘲じちょうするように言った。


 それでも分からないことは、なぜこの人が、セレスタを殺さなければならなかったかだ。


「なぜあなたは、セレスタを殺したのですか?これほどに想い合っているのに……セレスタを殺したのは、本当にあなたなの?」


「……俺だ。その件については、俺は嘘偽りを言うつもりはない。セレスタを殺したのは俺だ」

 ヨハン国王の目の色が、すっと冷たくなった。


「どうして……」


「どうして?ここまで聞いていて、分からないのか?」


 打って変わって氷のように冷たい声だった。

 私はびくりとする。

 彼がカレルさんだった時にも、こんなにも深い怒りを込めたような声は聞いたことがなかった。


「王家の血を引く人間には、魔法の力がある。()()()()()()()()()使()()()()()()()()()?」


 私ははっとした。

 先ほどまでの陛下の説明の中で、気が付くべきだった。

 アリシアは、魔法を使えない、それはつまり……。


「アリシアの、父親は、あなたではない……」

 そう言えば、アリシアはフィドルさんのことを繰り返しおとうしゃまと呼んでいた。


「フィドルさんが、本当にアリシアの父親なの……?」


 フィドルさんはなんと言っていただろうか……。

 フィドルさんはたしかに、アリシアの父親は国王陛下だと言っていた。

 彼が嘘をついているとは思えないのだが。


 ヨハン・ラドラック国王陛下は、語り始めた。

 やっとのことで運命のお相手を見つけ出した王太子様と、城下町で一番の踊り子だったヒルダ・ビューレンとの悲恋の物語を。


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