第42話:フィドルさんは照れ隠しのように笑った。
「そして……最後の最後に、ヒルダは国王ヨハン・ラドラックの花嫁として見初められた。僕とクラマルス卿は、揃って愛する女を陛下に奪い取られたと言うわけさ。相手が他ならぬ陛下であれば、僕たちには何もできなかった。彼女がまるでシンデレラ姫のように妃として迎えられるのを、指を咥えて見ていただけさ。現国王陛下は、長く花嫁候補が見つからない期間が続いていた。このまま、見つからないのではないかとも囁かれていた。長いこと探し続けてやっと見付けた花嫁だったんだ。やっと見付かった『運命の花嫁』ならば、僕たちに何か言うことはできないよね……。ただ、陛下が見つけた相手がキャバレーの歌姫だったから……僕は職業に貴賤はないと考える方だけど、まあ、国民や臣下は少なからず失望した。なにせ、多くの男をだまくらかした稀代の悪女だと世間では言われていたのだから。彼女自身が、国王の花嫁として見出だされたことをどう考えていたのかは今となっては誰にも分からない。彼女が本当に陛下のことを愛していたのかも、分からない」
彼は長い説明の後に、一言付け加えた。
「もしかしたら彼女は、陛下よりも、カレル・クラマルス卿のことを、愛していたのかもしれない」
私は息を呑んだ。
だから、セレスタは殺されたのだろうか?
国王陛下に不貞を働いたから?
「陛下は、だから、殺したの……?」
「それは……僕には分からない」
それまで雄弁に語っていたフィドルさんが、はじめて返答につまり、言葉を濁した。
「ただ、ヒルダはとても苦労したはずだ。権謀術数渦巻く宮廷社会に、身分の低い水商売出身の十代の女の子が放り込まれたのだからね。誹謗中傷をたくさん受けたに違いない。ヒルダの人生は、運命に翻弄され続けた、本当に悲惨なものだった」
フィドルさんは暗い顔をして、意を決したように付け加える。
「あの日……クラマルス卿がセレスタの亡骸と、アリシアを連れてこの家の扉を叩き、僕が望むならば、セレスタを蘇らせることができると言った時、僕は、彼の目を見て思ったよ。クラマルス卿は、陛下からセティを奪い返してきたんだな……と。無理やり宮廷へ連れて行かれ、慣れない貴族社会で窮屈な思いをさせられていたセレスタを、陛下から奪い返してきたんだろう、と。そして、クラマルス卿は、セティとアリーを、僕に託すと言った。二人を託せるのは、僕だけだからと。だから僕は、彼にお願いをした。どうか、セティを蘇らせてほしいと。そうしてくれたら、僕が、今度こそ二人を幸せにしてみせるから、と。……そこから先は、君も知っている通り、だね」
「どうして、『兄』だなんて言ったの……?あなたはアリシアの父親で、私の夫だと、嘘をつくこともできたのに」
はじめからこの人が夫で、アリシアが自分たち二人の娘だと言われていたら、私はこの人に身を委ねていたかもしれない。
愛憎を抱くアンドリュー・スミスにそっくりな顔をした、見ず知らずの優しい男性のことを、夫だと信じて生きていたかもしれない。
その方が、私をいつまでも手元に置いておきたいと考えたフィドルさんにとっては、好都合だったはずだ。
「それは……」
フィドルさんは照れ隠しのように笑った。
「申し訳がなかったからさ、カレル・クラマルス卿に。僕だけが出し抜く訳にはいかなかったからさ。カレルは私欲のためじゃなく、あくまで母親を亡くした不憫なアリシアのために魔法を使いたいと言っていた。僕もその気持ちに賛同したから、カレルに君を蘇らせて欲しいとお願いしたんだよ。カレルは、生まれ変わった君には、二度と会わないつもりだと言っていた。蘇ったヒルダの人格が、ヒルダではない全く別の人格の人間だ、と言うことは、誰よりもその召喚術を使った彼が分かっていることだったからね。もう僕たちに、一切関わるつもりはないと言っていたし、予期せず再会した君のことも、やっぱりヒルダとは似ても似つかない女だから、愛するつもりは毛頭ないと言っていた」
くすり、と悲しそうにフィドルさんは笑う。
私は合点がいった。
あの時、フィドルさんが怖い顔をしてカレルさんの宝石店に押し掛けた日、フィドルさんとカレルさんは、二人きりで、そんな話をしていたのだろう。
「僕も、そして、もしかしたらクラマルス卿もきっと、ヒルダの体に入った君のことを、ヒルダとは違う人間として愛する気持ちが沸いてきたのなら、真実をすべて話して、君に愛の告白をするつもりだったよ。その前に、こんな事態になってしまって、僕は残念極まりないのだけどね。……正直に言おう。僕は、こんな日が来ることをずっと恐れていたんだ。だから、君にずっと、本当のことを言わずに隠していたんだ。そしていま僕は、ニノミヤアカリ、君のことを心から愛している。僕は君が好きだ。だから、君がもし帰ってきたいと思ったら、いつでもここに、帰ってきてほしい」
フィドルさんは私の体を抱きすくめる。
私は目を見開いた。
彼の真心に、涙が出そうだった。
フィドルさんはずっと愛するセレスタの身体とひとつ屋根の下にいたというのに、そんなことを想いながら、自分の気持ちをずっと我慢してくれていたのだ。
私を騙して、セレスタのことを、自分の好きなようにすることは、いくらでも可能だったのに。
どうしてこの人たちは、こんなにも優しいのだろう。
「最後に、これを君に託しておく。明日君たちに、どんな結末が待っていたとしても、迷った時にはこれを開いてみてほしい。これは、ヒルダ・ビューレンが遺した手記だ。ヒルダは、ペンダントと一緒に、大事そうにこれを抱えていた。僕はこの手記を読んでいない。亡くなった彼女のことを、彼女の許可なしに暴く趣味は無かったからね。でも、君にならこれを読む権利があると思う」
もう、フィドルさんの馬鹿。
迷わせないでよ……。
私はその夜なかなか眠れなかった。
王宮などに行かず、フィドルさんとアリシアと外国に逃げた方が、幸せになれるのかもしれない。
それとも、魔法使いであるカレルさんならば、知恵と魔法で、私たちを王族達から護ってくれるだろうか。
二人のどちらを選んでも、私とアリシアを愛し、護ってくれるのではないだろうか。
それでも……。
私は事の真相を知りたい。
ヒルダは、エヴァンに会いたがっている。
私は、例え再び殺されようとも、ヒルダにもう一度エヴァン陛下に会わせてあげたかった。




