第41話:これが最期の会話になるかもしれない。
「カレルさんは、どうしてあんなに私たちに良くしてくれるの?」
アリシアが寝てから、私はずっと不思議に思っていたことを兄に尋ねた。
今夜を逃せば、しばらく兄とは離ればなれかもしれない。
何せ私たちは、明日王宮に行くのだ。
もし、私が国王陛下に殺されたら、これが最期の会話になるかもしれない。
私は兄のために紅茶を淹れた。
「カレル・クラマルス卿と僕――僕たちには、共通点があるんだ」
フィドルさんも、私と同じ考えだったのか、私の向かいに座ると、意を決したような顔をして語り始めた。
「君が……いや――かつてヒルダ・ビューレンが、唯一心を許し、本気で恋した二人の男だ。少なくとも、僕は、そう思っている」
私は息を呑んだ。
この人はいま私に、これまで秘匿されていたとても重要なことを話そうとしている。
「君を騙していたことは謝りたい。バレバレだったかもしれないけど、僕は君の本当のお兄さんではない」
フィドルさんは申し訳なさそうに言った。
「セレスタの生い立ちは僕もよく知らないんだけど、僕の父と何らかの縁があって、両親を亡くした彼女を父が引き取ったんだ。僕にとって、セレスタは宝物みたいな存在だった。河原でふと拾ったびっくりするほど綺麗な宝石みたいな、宝物だよ。自分だけのものとして大切に取っておきたいけど、同時にみんなに自慢したい。僕の妹はこんなに綺麗なんだよって、自慢して回りたい、そんな存在だった」
フィドルさんが昔を懐かしむような顔をして私の髪を撫でる。
私ではない誰かを見ている目だった。
この目には見覚えがある。
そう、カレルさんも、たまにそんな顔をして私を見ていた。二人とも、私を通していつも私ではない女性を見ていたよね。
「セレスタは歌が抜群に巧かった。彼女自身も歌ったり踊ったりするのが好きだったんだ。生い立ちのせいか、性格はとても内気で、大人しい子どもだったんだけど、歌っている時は、別人のようにいきいきと輝いていた。僕の父親が死んでから、セレスタは僕たちの生活を少しでも楽にしようと考えてくれたのか、キャバレーからのスカウトを受けた。僕は猛反対したけど、僕が反対したところで、もうどうにもできない状況になっていた。ショービジネスというのは恐ろしい世界だよ。セティはあっという間に夜の店の看板娘になっていた。でも、セレスタは内気で、他人にニコニコ愛想良くするとか、そういうことが本当に苦手な性格でね。君とは全然、真逆の性格だよ。そんなところが一見すると、気高く凛としていて、誰にも心を開くことが無いように見えた。その冷たさゆえに、逆にたくさんの男が彼女を微笑ませるために入れ込んだんじゃないかと思うよ」
フィドルさんは苦笑した。
「彼女はあっという間に華やかな世界の人気者になって、彼女の熱烈なファンはたくさん居たけど、本当は純朴で、頼りなくて、精神的に脆いところがあって……これはただの自慢だけど、セティは義兄の僕にだけは、心を許して、年相応の少女の頼りない姿を見せてくれていた。僕が『男として』魅力を感じてもらっていたかは甚だ疑問があるけど……彼女はとにかく安息の地を求めていたから。一時でも普通の女の子に戻れる、安らげる場所をね」
フィドルさんは話しながら、ずっと淋しそうな顔をしていた。
「カレル・クラマルスとの関係がどのようなものだったのか僕は知らないけど、カレルもヒルダのことを愛していたのは間違いないと思う。ヒルダにお金を注ぎ込んで、彼女のことを追い回している男は他にもたくさんいたけど、唯一カレル・クラマルス卿は、ヒルダの正真正銘の恋人だった」
「クラマルス卿……。カレルさんは、いったい何者なの?ただの宝石商には見えないわ。誰もが彼には一目置いているみたいだし……」
気高く美しき宝石商にして、魔法使い。
彼がキャバレーの看板娘に惚れ込んで、お金を注ぎ込んでいたとは、なかなか想像できない。
「僕も、クラマルス卿本人の口から聞いたわけじゃなくて、あくまで噂にすぎないんだけど、本来は恐らく、相当身分の高い人なのではないかと思う。……高貴な血筋の出身で、爵位を持つ貴族だけど、何らかの事情があって宮廷社会に居られなくなって、宝石商を営んでいると言われている」
フィドルさんは昔を思い出すような顔で続ける。
「そんな彼とヒルダが恋仲になって、当然僕は嫉妬に狂ったけどね。クラマルス卿の前では、ヒルダは他の誰にも見せたことがないような、恋する乙女の顔をしていた。僕が大切に取っておいた宝物を、後からきた男にかっさらわれた気分だったよ」
胸がドキドキしてくる。
あの淡白そのもののカレルさんが、ヒルダに本気の恋をしていたなんて……。
カレルさんはなぜあの日、私の顔を見るなり出ていけなんて言ったのだろう。
いったいどんな気持ちで、ヒルダの身体に転生した私やアリシア……私たち母子と向き合っていたのだろう?
感情表現の乏しい彼の、様々な表情が心に浮かんでくる。
アリシアに魔法を見せてくれた時、私たちのアクセサリーに魔法を掛けてくれた時、私たちに、カフェのテラス席を示してどこでもいいから好きな席に座れ、と促した時、彼はいったい、どんな顔をしていただろうか。
私は、心が温かくなってきた。
ヒルダはやっぱり、人々が噂するほどの悪女などではなかったのだ。
こんなに魅力的な二人の男に心から愛されるほどに、価値のある女性だったのだ。




