第37話:私のはじめてを返してくれ、セレスタ……!
私たちはさっそく、街へ繰り出した。
フィドルさんに食費と材料費を返さないといけないけど、それでもアリシアに好きな服を買ってあげるぐらいの余裕はある。
アリシアと二人で買い物なんて初めてのことだった。
今朝はあんなに心が荒れ狂っていたというのに、カレルさんのおかげで、いま私はたまらなくウキウキしていた。
「アリー、欲しいものはない?今日だけは、本当に、ランチは何でも好きなものを食べて良いし、何でも好きなものを買ってあげる」
アリシアも隣でニコニコしていた。
私はもう、自分がヒルダ・ビューレンであることを隠さないことにした。
もしまた自分が元悪女ヒルダ・ビューレンであることを見抜かれたら、堂々と説明して、頭を下げて謝るのだ。
もう、そのように心に決めたのだ。
アリシアもお下げを解いて、ピンク色のふわふわの髪をなびかせていた。
そんなアリシアはやはり途轍もなく可愛らしかった。こんな可愛らしい子どもが娘で、本当に誇らしい。
まあ、前世は生娘だったから、娘が居ることが本当に不思議なんだけどね。
私のはじめてを返してくれセレスタ……!
「アリー、ガラスの靴がほしい」
「ガラスの靴……!」
私は意外な返答に驚いた。
聡いアリシアのことだから、何も要らないとか、何でもいいとか、おかあしゃまの欲しいものを優先して、とか言うかと思ったのだが、アリシアは本当に賢いので、むしろ「アリシアに好きなものを買ってやりたい」と言う母の気持ちを満たすために、あえて本当に欲しいものを言ってくれているのかもしれない。
「前におかあしゃまがね、お話してくれた、シンデレラのお話のね、ガラスの靴が、ほしいの」
なるほど。
この世界にもシンデレラのお伽噺は存在するらしい。
私も子どもの頃、憧れたものだ。
小物屋さんに置いてあった小さなガラス細工の靴が、本当に履けるのか、試してみたくて堪らなかったものだ。
もちろん私は貧乏だったから、それを買うことなんてできなかったけど。
量販店の安売りのダサい服ばかり着てバカにされた幼少期を過ごした私は、王子さまに見初められるシンデレラ姫に本当に憧れていた。
可愛いモデルさんが表紙についたティーン向け雑誌をランドセルに入れて小学校に持ってきていた女の子たちは、私の服を見て、それ、いくらなの?って聞いてくるのだ、知っているくせに。
私が少しだけ盛って、三千円って答えたら、鼻で笑われた。
あの時の屈辱感って言ったら、堪らなかった。
三千円だって、私にとってはものすごい大金だったのに。
「売ってるといいわね、ガラスの靴」
カレルさんに教えてもらったとおり行くと、庶民的なお店が並ぶ商店街に出た。
正直私は、本当にガラスの靴が手に入るとは思っていなかった。
見つからなかった場合、どうしようかな……と悩んでいたのだから。
ところが、一つ目に入った洋品店で、さっそくそれは見つかった。
「いらっしゃい、可愛いお嬢さん」
店主の白髪のおじいさんがすぐに声を掛けてくれる。平日だからか、客は私たちしかいなかった。
「ガラスの靴、ありますか?」
アリシアは私が何か言うより先にすかさず言った。
まだ五歳なのに堂々としたものだ。
「ああ、ガラスの靴ね、こっちだよ。いろいろあるよ」
ええ……っ?
ガラスの靴、あるの?
しかも、いろいろ!?
私は仰天して店主のおじいさんに付いていった。
「これなんかどうだい?」
おじさんが指し示す先に、ガラスの靴は沢山あった。
何のことはない。
本当にガラス製というわけではなく、キラキラしたスパンコールのようなものをたくさん付けたバレエシューズだった。
地の色が淡い水色だったりピンクだったりして、甲の部分に同じ色のリボンがあしらわれていて、本当に可愛らしい。
「アリシア、何色の靴にする?」
「ピンク!」
アリシアは即答した。
「じゃあ、ピンクの靴に似合うワンピースも見繕ってくれませんか?」
アリシアは古着しか持っていない。
はじめて買ってあげる新品のワンピースだった。
店主のおじいさんはなかなかのセンスだった。
おすすめしてくれたのは純白のレースのワンピースだった。
試着してみると、アリシアの白い肌と紫の瞳にぴったりだった。
繊細なレースの透かし模様がこの上なく美しい。
「すごい……さすがはプロの見立てね、本当によく似合ってる」
ちょっと目立ちすぎて仕舞うかもしれない。
五歳にしてびっくりするぐらいの美少女っぷりだ。
目鼻立ちがはっきりしていて、手足がすらっとしているので、もう少し大きい子のように見えなくもない。
「おかあしゃま、ありがとう~」
か、可愛すぎるでしょう……。
母に抱き付く娘の姿に心が蕩けそうだった。
「娘にガラスの靴がほしいなんて言われたからどうしようかと思いましたが、こんなにたくさんあるなんて、びっくりしました」
私は胸を撫で下ろした。
「おや、奥様ご存じないのですか。いま城下町ではとても流行っているのですよ。王太子殿下が花嫁探しをされているでしょう。ガラスの靴を履いていれば、物語の主人公のように、見初められるのではと。願掛けですね。殿下は今年十五歳。成人の儀を済まされたらすぐに花嫁を探し始めるのがこの国の習わしです」
店主はにこにこしながら言った。
「まあ。そうなのね。素敵ですね……」
この国の住人なのにそんなことも知らないのかと思われるかと思ったが、店主は丁寧に教えてくれた。
「まあ、うちの娘は残念ながら、ちょっと若すぎるけどね」
私は苦笑した。
王子様に見初められるなんて。
本当に、女の子の夢だ。
この物語を書いた人間は、よほど夢見がちな人だったに違いない。
「いやいや、奥様。誰にでもチャンスはありますよ。奥様だって、未来の王太子様のお姑さんになる日が来るかもしれません」
店主はにこやかにそんなことを言った。
私はてっきり店主が戯れで言っているものと思った。
私はこの時まだ、この国の王子様の「花嫁探しの制度」がどのようなものか知らなかったのだ。
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1月1日から再び、14時10分の更新を再開したいと思いますので、悪しからずお待ちください。
お話はいよいよ最終章に突入していきます。
完結まであとしばらく、お付き合いいただければと思いますので、どうぞよろしくお願いします!




