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嫌われ悪女セレスタが殺された理由  作者: 滝川朗
第四章:ヒルダ・ビューレンの幻影
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第35話:絶対に、アイツだけは、許せないんです

「本当に来たよ……!」

「ヒルダだ!」

「本当にヒルダか?なんか印象が全然違うけど」

「ヒルダよ、あの生意気そうな目力めぢから、間違いないわ」

「まさか本当に生きていたとはな」

「害虫並みにしぶとい女だな……!」


 カレル・クラマルス宝石店の前に集まった人々が、口々に声を上げた。

 ほんと、すごい人気だわね、ヒルダ・ビューレンったら。


 店の扉が開き、カレルさんが姿を現す。

 いつも通りの、魔法使いには似つかわしくない、襟の付いた黒いシャツに黒いジャケットという宝石店の店主の姿だ。

 彼の群青色の瞳と目が合う。

 カレルさんは顔色一つ変えず静かな表情で私を見ていた。


「おお、クラマルス卿もお出ましだ……!」

「ヒルダを雇ったのはなぜですか?」

「やっぱりクラマルス卿もヒルダがお好みですか?」

「もともと恋人同士だったって言う噂もあるぞ」

 人々が口々に好き勝手な野次やじを飛ばしてくる。


 私は背筋を伸ばした。

 私は正直なところ、かなり腹が立っていた。


 自分が侮辱ぶじょくされるのは仕方がないにしても、カレルさんまで巻き込むのはよく分からない。


 カレル・クラマルスがヒルダ・ビューレンにたぶらかされたって?……そんなわけあるかい。


 この寡黙かもくな宝石店の店主にして優れた魔法使いの人柄をみんな知らないのだろう。

 こいつは美女の色気にやられるようなタイプではけしてないぞ。


 正直に言おう。私はカレルさんのかなりのファンだ。

 今っぽく言うと『推し』と言うやつだ。


 私にとってはこの世界の人々、見た目がみんなアニメキャラなので、恋愛対象と言うよりは、どちらかというと推しキャラに近い感じがしてるんだけど、とにかく、私の最推しであるカレルさんをおとしめるようなことは、許しがたいことだ。


「みなさんに一つだけ、聞いていただきたいことがあります」


 私は咳払いした。

 頑張って声を張る。


「私は、『転生者』です」


 群衆は静まり返り、やがて「転生者……?」と言う疑問符が呟かれる。


「私は、ヒルダ・ビューレンが死んで、空っぽになった体に転生されたヒルダとは何の関係もない人間なんです」


 分かってもらえるかは分からない。

 私の脳裏にあったのは日本で何回も目にした不祥事の謝罪会見の様子だった。


 不倫騒動を起こした人とか、暴力事件を起こしちゃった人とか、嘘か信か視聴者には判断できないような罪で窮地に立たされた人とか、ほんとにいろんな会見やその解説動画を見てきたけど、自分の心に響いたのは、やっぱり事の真相と真実を、誤魔化さず、包み隠さず真摯しんしに話す人達の言葉だったから。


「私はこの世界とは別の世界の『日本』という国に住んでいた二十四歳、二宮あかりという名前の女でした。母子家庭で育って、就学支援の給付金をもらいながら高校を卒業して、十八歳で家を出てから、独り暮らしをしつつ自分で働いてお金を稼いで、細々と生きてました。唯一の趣味がこの、手芸……というか、ビーズのアクセサリーを作ることで」


 こんなことは、フィドルさんもカレルさんも、アリシアも知らない話だ。


「もし、今日ここにお集まりいただいた方々の中で、ヒルダ・ビューレンのせいで、不快な気持ちになられた方がいらっしゃるなら、私は、この身体に代わって、深くお詫びを申し上げます。本当に、本当に、申し訳ございませんでした」


 私は深く頭を下げた。

 勤めていた保険会社の新人研修で習ったお辞儀だ。武器を持つ利き手を左手で隠し、敵意はないことを示した上に、背筋を伸ばして直角に身体を曲げた『最敬礼』と言うやつだ。


 ヒルダが生前何を思っていたか、人々に謝るのをよしとしていたかどうかは、この際無視だ。

 とにかく私は謝りたい。


 人々は何も言わない。しんと静まり返っている。


「私はこの世界に来る前、酷い詐欺さぎに遭いました。男をたぶらかして、金品を巻き上げていたというヒルダ・ビューレンの話を聞いた時、真っ先に思い浮かんだのは私を騙した憎い男のことでした。そいつは、毎日毎日、甘い言葉を囁いて、何度も私のことを愛していると、結婚してくれると約束してくれたのに……私は国際結婚に舞い上がって、披露宴をするレストランも決めて、流す音楽も構想して、結婚式に着るドレスまで選んでいた言うのに、私を裏切ったんです。私が六年間必死に働いて稼いだお金を搾り取れるだけ搾り取って、借金まで負わされたあげく、ボロ雑巾のように捨てられたんです。絶対に、アイツだけは、許せないんです」


 私は興奮して思わず早口になりながら、積もりに積もったアンドリューへのうらみを見ず知らずの人達の前で披露していた。

 みんな、ヒルダの顔から流れ出すとんでもないお話に開いた口がふさがらないという顔をしている。


「日本円にして、927万円です。私がアンドリューにあげたお金です。全部記録に残していたので間違いありません。この国の貨幣価値に換算したら、約1000万ルシルといったところでしょうか。1000万ルシルですよ?なんでそんなに莫大なお金を…って、思うでしょう?舞い上がってしまっている時は、歯止めが効かないんです。今ならこうして、なんて馬鹿なことをしたんだろうと冷静に振り返ることができますが、お金をつぎ込んでいる最中は、途中で止めてしまったら、今まで払ってきたたくさんのお金はどうなるの?ここまでお金を掛けて、婚約者が手に入らなかったらどうするの?それしか、頭にないんです。当時の私には、アンドリューしか居なかった。転生前の私は、外見も、中身も、何の取り柄も魅力もない、どうしようもない女だったから……そんな私のこと、可愛いとか愛してくれるとか言ってくれるのは、彼しかいなかったから。愚かですよね。自分の価値を決めてくれるのは、アンドリューとの結婚しかないって、とにかく、アンドリューを自分のものにするために必死でした。愛をお金で買えるんなら、それでも構わないとさえ、思っていたんです。現実に、部屋の家賃が払えないとか、明日食べる食べ物が買えないとか、借金取りの連絡が職場や母親にいくかもとか、そう言う身に迫った問題が起きるまでは、気が付かないものなんです。本当に、恐ろしいことですよ……」


 今なら分かる。

 私は地味な外見で、要領ようりょうも悪いし、高卒だから、上司とか周りのキラキラした女子たちに評価してもらえないんだって、全部周りのせいにしていたけど、外見も中身も、自分で変えようと行動したら、いくらでも変えることができたはずなのに。

 アンドリューとの結婚で、周囲を見返すことしか考えていなかった。

 本当にどうしようもない愚か者だったんだ。


「私も変な祈祷師きとうしにお金をつぎ込みかけたことあるわ……。病気を治してもらうために」

「あいつらあの手この手でだまくらかしてくるからなあ」

 群衆の中から様々な呟きが聞こえてくる。


「だから、そんな私が、誰かをたぶらかしてお金を巻き上げようなんて、そんなこと、考えません。カレルさんにははっきり言われてます。『あんな女に興味はない』って……。正直、ショックでしたよ。カレルさんはイケメンだし、ちょっと素敵だな、と思わないでもなかったし、自分的にはわりかし美人に転生させてもらったなって、ほくほく調子に乗ってたとこあるんで、まさか『興味ない』って、ばっさり言われるなんて思いもしないし、アバズレ女とか、普通に言われましたよ。アバズレは私じゃないっての。ヒルダだっての!」


 群衆から同情的な笑いが巻き起こる。


 いやいや、『わりかし美人』じゃないぜ!

 めちゃくちゃ美人だぜ。色っぽいぜ……。


 集まった群衆の雰囲気は、もはやライブ会場でMCを聞く人達みたいな、ざわざわとなごやかな雰囲気と茶々に様変わりしていた。


「私がビーズのアクセサリーを売り出したのは、単純に生活費をかせぐためです。子どもと二人、食べていくためです。これで業界に風穴かざあな開けたいとか、そんな気持ちは毛頭もうとうございませんでした。ビーズはあくまでおもちゃです。安価で、子どもから大人まで誰でも気軽に付けられるアクセサリーです。だから、私のビーズは本物の宝飾品と、競合するようなものではないんです。この世界で宝飾品を買えるのは、ほんの一握りのお金持ちだとお見受けしました。本物の貴金属が手に入らない層の人達に、少しでもお洒落を楽しんでもらいたい、そう言う気持ちで作っています。だからその、良かったら、手に取ってみてください。それでも、ヒルダの身体をまとった人間が作ったものは買えないとおっしゃる方もいらっしゃるなら、それはそれで仕方のないことだと思います」


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