第32話:ありがとう。猫の手も借りたいぐらいなの……!
「おいお前、大変なことになってるぞ」
出勤早々、カレルさんがいつものうんざりした口調で言った。
私何か、しでかしたかしら。
「昨日カフェに販売を依頼した分は全て売り切れて、追加の注文が殺到している。すでに二つの店舗で併せて三十点ほどの注文が来た。この店の名を出していなくて良かった。さもなければこの店に大勢の客が殺到していたことだろう」
え、それって良いことなんじゃないの。
私は不機嫌そうなカレルさんに心の中で突っ込んでいた。
「とにかくお前は作れ。注文を捌く方は俺がしてやるから」
カレルさんは注文が書かれた紙をひらひらさせながら言った。
紙にはマーガレットモチーフの指輪が何個、バラのモチーフが何個、蝶々が何個、とずらりと書かれていた。
材料が間に合うだろうか。
今日、家に帰ったらフィドル兄さんにお願いしなければ。
私は必死になって作品を作り続けた。
アリシアはフィドルさんから貰ってきたビーズの山をサイズ、色、形別に分類してくれて、母が作業をしやすいように、助手のように手伝ってくれた。
アリシアがとても楽しそうなのが何よりだった。
そう。ビーズ細工はサイズが重要なのだ。
色味やサイズがバラバラだと綺麗なモチーフができない。
全てが天然石だから、色味はどうしてもまちまちだけど、それはそれでいい味になってるので、前世で使っていたプラスチックのビーズよりずっといい。
日本でも、ガラス製や天然石のビーズも流行っていたが、お金がなかったからとても手が出せなかった。
これが売れるなら、これからどんどん色んな色や形のビーズを兄の工房に発注して、憧れのモチーフに挑発できるかも……!
ああ、レシピの動画が見られないのが痛い。
家にはレシピ本も山ほどあったのに……。
私がそんなことを考えながら鬼神のごとく作品を量産し続けていたら、カレルさんは再びふらっと居なくなった。
そして、昼前に、一人の女の子を連れて帰ってきた。
二十歳前後の、地味な雰囲気の女の子だった。
「助っ人を連れてきたぞ。あと、これな」
カレルさんが捧げ持っていた箱には、材料となるビーズとワイヤーそして、イヤリングのパーツなども入っていた。
「カレルさん…っ!」
私は涙が滲みそうになった。
何を考えているのか分からない人だけど、結局いつも、私たちのことを助けてくれるのだ。
「はじめまして。わたし、サマーと言います。普段は宝飾工房でアクセサリーの作り手として働いているのですが、今日はカレルさんの要請で、こちらのお手伝いにきました」
「ありがとう。猫の手も借りたいぐらいなの……!」
出掛けたついでにカレルさんが買ってきてくれたフルーツサンドをつまみながら、私は新たな助手にワイヤーやテグスを使ったビーズ細工のコツを伝授した。
ビーズ細工を作るのははじめてのようだったが、さすがは宝飾職人。
やり方を伝えたらすぐにマスターしてくれた。
とくにブレスレットやイヤリングの金具を付ける作業は彼女の方が手早かった。
「テグスは編み終わりの処理が難しいですね」
サマーは細かなビーズにテグスを通すのに四苦八苦しながらぶつぶつと呟いている。
「そうなの。テグスを二重に通すのが丈夫さの面から言っても一番なんだけどね。手間は掛かるわね」
一度でもビーズ細工を作ったことのある方ならお分かりだろうが、ビーズは編み終わりの最後の処理が意外に難しい。
裁縫で言えば最後の玉止めの部分だ。
処理が悪いとバラバラになってしまう。
テグス同士を結んで終わる方法もあるが、それだとモチーフの形が崩れやすいので、私は結び目を作らず、編み終わった後のテグスを二重に通す方法を採っていた。
これだとモチーフの形が美しいし、作品全体の頑丈さも上がる。ちょっとやそっとのことではバラバラになってしまうこともない。
ただし、余ったテグスを二重に通すのは、意外に大変な作業だった。
ビーズは小さな天然石なので、テグスを無理に二重に通そうとすると、砕けてしまうこともある。
そうなってしまえば、一から作り直しだ。
でも、二千ルシルで売っといてすぐに壊れてしまうようではクレームに繋がって、評判が落ちてしまうだろう。
カレル・クラマルスの名を貶めないためにも、自信を持ってお薦めできるものを作ることが大事だ。
私はこの間カレルさんが贈ってくれた言葉を胸に、頑張っていた。
「はあーーーーなんとか注文分は作りきったーーー!」
その日の就業時間間際に、やっと作業を終えて、私たちは歓声を上げた。
「できたか」
カレルさんは、私たちに暖かい紅茶を淹れてくれた。
少し砂糖を入れてほんのり甘みのある紅茶が疲れた身体に染み渡って、涙が出るほど美味しかった。
「カレルさんって、意外に優しいんですね」
カレルさんが別室に消えていったのを確認して、サマーが言う。
「カレルさんはうちの工房にも出入りしてて、昔からうちの宝飾品を卸してくれてるんですけど、ほんとに謎の多い人で。ほとんど喋らないしあの通り無表情でしょう?よく商売成り立ってるなって、不思議だったんですけど。何て言うか、ペラペラ喋る胡散臭い商人より、ああいうタイプの方が、信用できると言うこともあるのかもしれないですね」
サマーは紅茶を啜りながら感心したように言う。
本当にその通りだ、と思った。
特にこの店に来るような高貴な身分の人達からすると、何が本心か分からないようなセールストークを繰り広げる商人より、ずっと信頼が置けるのかもしれない。
「商人もいろいろなのね。私は、口が上手い人が商人に向いてると思ってたけど、それだけじゃないのかも」
「セレスタさんは、カレルさんの恋人なんですか?」
私はサマーの脈絡のない不意討ちに紅茶を吹き出しそうになった。
そんな風に見えるのだろうか。
私は苦笑する。
「違うわよ。カレルさんは、私のような人間には興味がないって、はっきり言っていたわ。私も、だからここにいるの」
私には別に、深く深く愛する人がいるから。
私は心の中でそう付け加えた。
フィドル・クルールでも、カレル・クラマルスでもなく、私が本当に欲しているのは『エヴァン』だ。
自分を殺したかもしれない人。
「私、知ってるんですよ」
サマーはおどけるように言う。
「あなた、ヒルダ・ビューレンでしょう?」
私は心臓が飛び上がるかと思った。
「はじめはまさかと思ったけど、あなたの顔をずっと見てたら、あ、そうだ、ヒルダ・ビューレンだ……って、気付いたんです」
彼女の言葉にヒルダへの悪意や侮蔑などはないようだった。
「あのね、私……記憶喪失なの。ヒルダだった時の記憶は、一切ないの。アリシアは私の娘だと言うんだけど、彼女の父親が誰だかも、覚えていないの」
私は少し離れたところで、ビーズ細工を眺めながらお姫様ごっこをしているアリシアを見ながら言った。
「記憶喪失……?」
サマーは驚いた顔をする。
「じゃあ、何も覚えてないんですか?あなたが、その、誰と結婚したのかも……?」
私は心臓を鷲掴みにされる。
結婚……。
こんなところで、簡単に、真相が分かってしまうのか……?
「待ってお願い、言わないで。私、怖いの。心の準備ができていなくて。私は、やっぱり、誰かと結婚していたのね」
サマーは顔を曇らせる。
「ええ。それはもう、誰でも知っていることです。あなたが記憶を失って忘れてしまっているとしたら、あなた以外なら誰でも知っていることです」
サマーは少し離れた場所で黙々と一人遊びをしているアリシアに聞こえないように、声を潜めた。
「世間はみんな、ヒルダ・ビューレンは殺されたと思っていますよ。恐ろしい方の怒りを買って。だからあなたは隠れているんだろうと、思っていました。あれだけ世間に持て囃されていたのに、こんなところで、髪色や目の色まで変えて——そう、私も始めは気付かないぐらいでしたもん、そんな姿で働いているなんて。まさか、何も覚えていないなんて……」
「そうよ、私は何も覚えてない。この女がヒルダ・ビューレンと言う名前だったことも、男を誑かす悪女だったことも、人伝に聞いて、そうなんだな、と思っているだけ。みんながそう言うから、そう思ってるだけで、もしかしたら、本当にヒルダ・ビューレンとセレスタ・クルールは別人だったって言われたとしても、それを信じるわ。残念ながら、どうもそうではないみたいだけどね……」




