第30話:綺麗な顔だなと思って
うーん……。
考えれば考えるほど謎だ。
「なんだよ。俺の顔に何か付いてるか?」
私は慌てて手を横に振る。
「ううん。綺麗な顔だなと思って」
「はあ……?」
カレルさんは顔色一つ変えず、いつも通りの物憂い無表情で言う。
「ねえカレルさん、あなたは、どうしてこんなに私によくしてくれるんですか?私の作品を売り出すために、こんなに手を尽れるなんて。あなたがいなければ、とてもこんな風に、品物を置いてもらえる場所を見付けることなんて、できなかったと思います」
私の言葉に、カレルさんは少しだけ驚いたような顔をした。
「そんなこと、決まっているだろう。お前の動機に感心したからだ。お前は自分のことよりも、娘のアリシアを優先して考えている」
カレルさんはいつもの静かな表情に戻り、私の隣でるんるんで足をパタパタさせているアリシアの顔を見ながら言う。
ほんの少し、声が優しい。
「それから、お前の作る作品だ。売り物にもならないような詰まらないものなら、俺も自分の名前を使って得意先に薦めたりはしないよ。お前の作る作品にはそれだけの価値がある。材料は単価ゼロのスクラップかもしれない。作り方さえ覚えれば誰にでも作れる作品なのかもしれないが、それ以上に、色の選び方やモチーフにセンスを感じる。作品の緻密な丁寧さにも、細部への拘りが感じられる。『これは売れる』と思ったから行動に移したまでだ」
普段口数の少ないカレルさんの綺麗な唇から滔々と流れる言葉が私の胸を打つ。
まるで魔法のようだ。
自分の存在に価値を与えてくれるような一言だった。
「何を泣いている……」
「えっ……」
私はあわてて目尻に手をやる。
涙が溢れて止まらなかった。
「だって、嬉しくて」
日本に居た頃は、自分に『価値』があるなんて、感じたことは一度もなかった。
そんなことを言ってくれる人は誰一人としていなかった。
子どもの頃は、その日一日を生きるために精一杯で、そんなことを考える暇などなかったし、社会人になってからは、誰にでもできるような仕事を粛々と処理するだけの毎日で、月々決まったお金をもらうために働いているだけだった。
そのお金も、アンドリューに課金するために全て消えてしまった。
アンドリューだけは自分の価値を認めて、愛してくれていると思っていたけど、それも全部偽りだった。
「あっ!きたよ~パンプディングだー!」
カレルさんに何か感謝の言葉を返さなければと考えているうちに、私の思考はアリシアの一言に遮られた。
お皿の上に、綺麗にカットされた焼き菓子色のケーキのようなものが載せられている。
やはり執事のような格好をした男性がカップに注いでくれる紅茶は、華やかな良い香りがした。
「なにこれおいしい!パンプディングって初めて食べた!」
あまりの美味しさにほっぺたが落ちそうになった。
フレンチトーストみたいな感じなんだけど、とろとろフワフワで中からじゅわーっと洋酒の香り……。
天才だ。
この異世界が誰かの書いた物語世界だとしたら、書いた人天才だ……!こんな美味しい食べ物を食せるなんて……!
紅茶だって、私が日本で毎日飲んでいたティーバッグのアールグレイとは大違いだ。
西洋風の食べ物だけど、日本人の舌にも合うってことは作者は日本人かしら?
「カレルさん、ありがとうございます」
私は心からそう言った。
カレルさんは静かに微笑んでいる。
「だから、そんな風に気安く謝意をしめすな。その顔で言われると調子が狂う。ここの代金は、ビーズ細工が売れたら、きっちり返してもらうからな」
そう言うカレルさんは、少しだけ楽しそうだった。




