第21話:寄りによってカレル・クラマルスだなんて…
「セティ?」
帰ってきたフィドルさんが、私の顔を見て怪訝そうに首を傾げる。
し、しまった……。
家に帰ったら、なんでもいいから鏡を見ながら『鏡よ鏡』とおまじないを呟いておまじないを解かないといけなかったのに……!
すっかり忘れていた。
私の馬鹿……っ!
フィドル兄さんは、鬼のような形相で私の元へと駆け寄ると、私の顎に手を掛けて、まじまじと覗き込む。
ち、近いって……!
私は思わずぎゅっと目を瞑った。
こないだのことがあったから、変に意識してしまうではないか……!
「『魔法』か……?」
フィドルさんは呟く。
「カレルさんだよ。カレルさんにしてもらったの」
アリシアの屈託のない言葉に、私はぎょっとした。
アリシアは、だから何か?と言う顔をしている。
フィドルお兄さんはますます顔を引きつらせる。
「カレル・クラマルスが?この家に来たのか?」
普段ののんびりした口調からしたら考えられない、緊迫した鋭い声だ。
「ち、違うのよ」
私は白状することにした。
「私、仕事が欲しくて。いつまでもあなたのスネをかじっている訳にもいかないし。自分とアリシアが食べていけるだけのお金は、自分で稼ぎたいの」
「そんなこと……っ!必要ないって言ってるだろう!?僕は君のお兄さんなんだよ!妹と姪を養う義務がある!可愛い君たちの食い扶持を稼ぐことぐらい、僕は何とも思わないんだよ……っ!それよりも、君たちの身の安全の方が心配なんだ……っ!」
フィドルさんは怒ったように、声を荒げて言った。
「それに……、寄りによってカレル・クラマルスだなんて……」
フィドルさんは苦悩するように俯いて頭を抱えた。
フィドルさんの身体が震えている。
カレルさんにこんなに反応するなんて。
この人とカレルさんとの間に、いったい何があったのだろう……。
「フィー、だいじょうぶだよ!カレルさんなら、おかあしゃまを護ってくれる」
アリシアは腰に手を当てて、苦悩するフィドルさんを諭すように言った。
私もフィドルさんも、驚いてそんなアリシアの姿を見ていた。
「おかあしゃまもアリーも、ずっとおうちに閉じ籠っているのはいや。街に行きたい。おかあしゃまは、お洒落したい。美味しいもの、一緒に食べたい」
私は泣きそうになった。
アリシアは、私がカレルさんに語った言葉をきちんとすべて聞いていたのだ。
そして、こんな私の気持ちを、全部理解してくれているのだ。
「アリー!だいすき……っ!」
私は思わず、小さな娘をぎゅっと抱き締めていた。
フィドルさんは毒気を抜かれたような顔をして、長い溜め息をついた。
「分かったよ。その代わり、僕もカレル・クラマルスとは話をしておきたい。今から一緒に行くよ!」
「ええ……っ?いまから?」
兄はさっさと家から出ていく。
仕方なく私もアリシアを連れて足早に家を出た。
カレル・クラマルス宝石店はこの家からそう遠くない距離にある。徒歩で十五分ぐらいだろうか。
「お店、もう閉まってるんじゃないかしら?」
私は兄を追い掛けながら言った。
店はたしか十七時までだ。
現在時刻は十八時。とっくに店は閉まっているはずの時間だ。
「だいじょうぶだよ。店舗兼住宅なんだから」
そう言って、兄は店舗兼住宅の住宅側にある小さな勝手口についたノッカーを思い切り叩いた。
すぐにカラスアゲハ色の髪に紺色の瞳の魔法使いが顔を出す。
「こんな時間に何の用だ」
カレルさんは仏頂面だ。
「うちの妹を雇ってくれるそうだな。いったいどういうつもりだ?何を考えてる?」
フィドルさんはやはりいつもののんびりした彼とは違う、冷たく苛立ったような話し方だった。
「そう怖い顔をしないでくれ。俺だって心底迷惑してるんだ。何が悲しくてヒルダ・ビューレンなんかを雇わないといけないんだよ……。これ以上面倒事を引き受ける義理は俺にはないぞ」
やっぱり……この人達は知り合いなのね。
フィドルさんは舌打ちして言う。
「僕だって、君とはもう関わらないつもりだったのに……」




