第20話:俺の魔法に、そこまで強力な効果はないが、何かの足しにはなるだろう。
初勤務の日。開口一番カレルさんはうんざりした顔で言った。
「やっぱり、その『顔』だな……どうにかしたいよな……」
カレルさんはやはり右腕を構えて、昨日と同じ落ち着いた声でひとこと言った。
「鏡よ鏡」
カレルさんの長い人差し指が繊細に私の顔面に向けて振り下ろされる。
私は何が起きたのか分からない。
陳列棚の上にあった鏡に自分の顔を映してみる。
「む……っ」
「おかあしゃまの目、きれい」
アリシアが嬉しそうに言う。
紫水晶のようだった目の色が明るい緑に変わっていた。
「ピンクには緑だろう」
「そ、そうなの……?」
この世界の髪や目の色のルールは良く分からない。
でも、目の色が変わっただけでだいぶ印象が変わった。
「お前が悪女ヒルダ・ビューレンだと悟られにくくするまじないも掛けておいた。俺の魔法に、そこまで強力な効果はないが、何かの足しにはなるだろう」
「ありがとう」
私は素直にお礼を言った。
「やっぱり調子狂うな……その顔で『ありがとう』とか言われたら」
カレルさんは目も合わせずに苦虫を潰したような顔で言う。
「だからさ、そのヒルダ・ビューレンとか言う女、性悪過ぎるでしょ?『ありがとう』も言えないなんて、どんな女なのよ!」
私は呆れて言う。
「そう言う女だったんだよ、あいつは……」
「それより、仕事だぞ。陳列棚の鍵は開けてあるから、客が来たら適当にあしらっといてくれ」
そう言うとカレルさんは私達母子を置いて奥の扉から出ていこうとする。
「ち、ちょっと……!」
私が慌てて呼び止めようとすると、彼は面倒臭そうな顔で言う。
「あんたを雇ったのは店番にちょうどいいからだ。隣の部屋に居るから、困ったことがあったら呼ぶんだ。……言っとくが、商品盗んで逃げようとか、変なことは考えるなよ。後悔することになるぞ」
それだけ言うと、さっさと行ってしまった。
そ、そりゃ、魔法使い相手に変なことをしようなんて考えはないけど。
「配属初日の新人にいきなり店を任せるなんて。なんて人なんだ……」
宝石店のルールも、どこにどんなジュエリーが仕舞ってあるのかも、どの色の宝石にどんな名前が付けられているのかも、私は何も知らないのに。
レジスターの使い方だって知らないぞ。
新人研修とか、してくれないのか?
でも、宝石を売らないと給料はもらえないのだ。
「どうしよう」
私はアリシアのつぶらな瞳を見詰めながら呟いた。
「だいじょうぶだよ、おかあしゃまなら」
アリシアは鼻唄で店内の宝石を眺めて回っている。
健気なこの子を見ていると、少し元気が出てくる。
この子のために、お金を稼ぐって決めたじゃない。
ひとまず、自分の売り物を確認するか。
私はずらりと並んだ黒光りするほど磨かれた焦げ茶色の引き出しを一つ一つ開けながら、アクセサリーを確認した。
私が前世で、ショピングモールの専門店で、一つ千円とか二千円とかで購入していたアクセサリーとは大違いだった。
深い海の底のような濃い緑の宝石。血の色のようなルビー。水晶のような透明の石。
四方を爪で留められた宝石の付いた指輪や、ゴールドを薄くして花弁にしたお花のブローチ、繊細なお花と葉っぱを編んだような形の鎖のチョーカーには、一粒だけ深紅の宝石が付いている。
シンプルで古典的なデザインの物が多く、それが余計に高貴さを示しているようだった。
綺麗……。
こんなもの、デパートの一階でもお目にかかれないぞ。
本気でいくつかせしめてずらかりたい衝動に駆られたが、それじゃあ前世で私を痛め付けた詐欺師とたいして変わらない、と思って、思いとどまった。
せっかく親切にしてくれてるカレルさんを裏切るようなことはできない。
魔法使いだか魔術師だか知らないけどほんとに呪い殺されそうだし。
そうして店の品物の何がどこにあるかを確認するだけで、その日は終わってしまった。
お客さんは誰も来ないし、外に営業に出て行こうにも、自分の容姿が邪魔をして、なかなか勇気が出なかった。
こないだあれだけ罵倒されたのだ。髪をピンクにして目は緑に、伊達眼鏡は付けてみたものの、カレルさんの魔法もそこまで強力なものではないと言っていた。
ヒルダ・ビューレンに深い怨みを持つものからしたら、見破られてしまうかもしれない。
悪女からアクセサリーを買ってくれる人なんているだろうか。むしろ、この店の評判を下げてしまうだけなのではなかろうか。
お昼は一度家に帰って、家にあるもので済ませ、再び夕方十六時まで勤務する。
朝九時~夕方十六時まで。
私とカレル・クラマルスさんとの雇用契約は、その時間で結ばれた。
フィドルお兄さんが出ていってから一時間。帰ってくるまでに二時間。余裕を持たせているので、フィドルさんにはバレないだろうし、家事をこなす時間もちゃんと取れる。
雇用契約書には、しっかりと、一ヶ月の間に売り上げが上がらなければ給金は無しであることと、職場に娘を連れてきても良いことがしっかりと明記されていた。
後はそう、どうやって宝飾品を売り上げるかだ。
私はいちおう、保険商品を窓口で売る仕事をしていたから、セールストークにだけは自信がある。
明日からは、もう少し能動的に何かやってみよう。
家に帰り、フィドルお兄さんのためにご飯を作りながら、私は考えた。
まずは市場調査かな。
この国の事情をいろいろ調べないとね。
近隣にライバル店があるのかとか。ライバル店はどんなものを売っているのかとか。




