第16話:人の店のものを勝手に触るとは、随分良識のない女だな……
薄暗い店内。
客は一人もおらず、人の気配がなかった。
狭い店内にはズラリと引き出しのついた棚が並んでいた。レジスターの置いてあるカウンターに、店員はいない。
物騒だな。扉は開いてたから入ってきたものの、店内に誰も居ないなんて、宝石盗み放題ではないか。
「すみませーん!誰かいませんかー?」
私は大声で呼び掛けた。
誰も出てこない。
「すみませーん!誰もいないなら、宝石もらって、帰りますよー!」
私は断ってから、試しにずらりと並んだ引き出しの一つに手を掛ける。
うっ……びくともしない。
さすがに、鍵を掛けてあるのか……。
「あ!カレルさんだ……!」
アリシアが声を上げる。
「人の店のものを勝手に触るとは、随分良識のない女だな……」
物憂げな顔をした男が奥の部屋から顔を出した。
ドキッとする。
青みがかった黒髪を肩に付くか付かないかぐらいの長さで切り揃え、髪の色に良く似た深い群青色の瞳の美男子だった。アンニュイな雰囲気が何とも言えない色香を放っている。
男は私と目が合うなり、群青色の瞳を見開いた。私とアリシアを代わる代わる見ながら、みるみる顔色が変わっていく。
「おまえ……まさか……っ」
アンニュイだった群青色の瞳が剣呑な光を帯びていた。
うう……っ、ここにもまた一人、ヒルダ・ビューレンに怨みを持つ人間かしら……っ。
「出ていけ……。とっととこの店から、出てけーーーーーっ!」
やっぱり……。
彼はきままな猫が突然毛を逆立てて威嚇するように、戸口を指差し、声を荒げて叫んだ。
「で、出ていきません……!」
私は彼の剣幕に負けないように声をはった。
「教えてください……!『この女』が、あなたにいったい、何をしたのか……!」
セレスタ・クルールがとんでもない悪女だったとして、彼女に怨みを持つ人がたくさん居るなら、出会った人出会った人に、事情を聞いて謝るしかない。
そこでどんな目に遭うかは分からないけど、とにかく誠意を見せて、ただ謝るだけだ。
そうしているうちに、この女がどんな女だったかも、自ずと分かってくるかもしれない。
彼は肩を落とした。
「そうか、おまえ、記憶がないんだな……」
男は深い溜め息をつく。
記憶がないんだな……?
何でそれを知っているのだろう。
そう言えばフィドルお兄さんも、初対面の時に『やっぱり記憶がないんだね』と言っていたけど……。
「俺の名前はカレル・クラマルスだ。看板にもあっただろう、この宝石店の店主だ。フィドル・クルールの勤める工房で作られた宝飾品を卸していたこの店を、先代のオーナーに譲ってもらってから、フィドルと、それからお前とも交流があった。……しかしそれにしてもその髪、ヒドい色だな。そのクソダサい伊達眼鏡も。……それで変装でもしたつもりか?」
私は頷いた。
「だって。この女の身体で街を歩いていたら、この女に怨みを持つ人に次々に出会って罵倒されるそうなんだもの……。フィドルさんが、身の安全のために髪を染めてくれたのよ。赤毛にするつもりが、間違ってピンクになっちゃったけどね……」
私は編み込みの先っぽを摘まんで彼に示しながら言った。
「そりゃまあ、そうだろうな……セレスタ・クルールはどうしようもない女だった」
彼は再び物憂げな顔をして溜め息をついた。
「立ち話もなんだ。二人とも、座ったらどうだ」
カレルさんはカウンターの椅子を勧めてくれる。
自分も向かいに座った。
サラサラとした黒髪が揺れる。カラスアゲハの羽のように、揺れる度に濃い青色に艶めいた。
不愛想でにこりともしないけど、思ったより優しい人のようだ。
「あんたも災難だな。よりによって、セレスタ・クルールみたいな女に『転生』してしまうとは……」
「なっ……」
今度こそ私は、雷に撃たれたような衝撃を受けた。
「なんで、それを……?」
この世界に来てから、『転生』のことを知っている人物に、初めて出会った。
「なんでもクソも、俺だからな。お前をこの世界に喚んだのは」