第14話:私はやっぱり、知りたい。セレスタ・クルールとこの黒髪の美男子の間に何があったのか。
「セティ、アリー。本当に申し訳ないんだけど、今夜は工房の仲間と食事に行くんだ。僕は君たちが心配だから、ことわろうかとも思ったんだけど、僕が来ないと始まらないって、親方にどやされたからさ……ごめんね、二人とも!」
フィドル・クルールは私たち二人をぎゅっと思い切り抱き締めて言った。
フィドルお兄さんの身体はお日様みたいな優しい匂いがして、なんとも言えない安心感がある。
「いいかいセティ、よく聞いて。僕が家を空けている間、絶対に家から出てはいけないよ。お昼ごはんの材料も、夜ごはんの材料もちゃんと準備してあるからね!絶対に、家から外には出ないでね。それから、誰かが扉を叩いても、絶対に開けないこと……!いいね?」
まるで、白雪姫を置いて仕事へ出ていく七人の小人だ。
セレスタは悪い継母にでも付け狙われているのだろうか。
妹と姪を家に残し、いつも通り仕事へ出ていくフィドルお兄さんを見送ってしばらく、朝ごはんの食器を洗って片付けたり、いつも通りの家事をこなしていたのだが、やるべきことが一通りが済んだところで、私はアリシアに宣言した。
「よし!決めた!お母さん、出掛ける……!」
「えっお出かけ……!?アリシアも行きたい……っ!」
ここ一週間近く、アリシアも私も、家に閉じ籠ってばかりだった。
アリシアも甲斐甲斐しくお手伝いをしてはくれるものの、五歳の子どもが家に籠ってばかりではさぞ退屈だろう。
「だけど、おとうしゃまに怒られるよ……!」
「だから、『おとうしゃま』って言うのはやめなさい。おじさまか、フィドルさんにしなさい」
アリシアは何度訂正しても、フィドルさんのことをおとうしゃまと言う。
まあ、父親が居なくて寂しいのよね、あえて否定しなくてもいいかな……。
「アリー。アリーは、本当のおとうしゃまに会いたいとは思わない……?」
私は小さな娘の世にも美しい紫の瞳を覗き込みながら言った。
アリシアは母をじっと見詰め返す。
「ほんとうの、おとうしゃま……」
アリシアは少し悲しげな顔をして、会いたいとも会いたくないとも言わなかった。
アリシアは父親が誰だか知っているのだろうか。
父親には可愛がってもらえていなかったのだろうか。
「アリー、私は、会ってみたいの。その人が、どんな人だったとしても」
養育費を払わせてやる、と息巻いてはいたものの、正直に言うと、私は単純に、その人に会ってみたかった。
好奇心だ。
どんなに恐ろしい過去が待っているとしても、私はやっぱり、知りたい。セレスタ・クルールとこの黒髪の美男子の間に何があったのか。
いや……私は胸の谷間にいつも締まって、肌身離さず持ち歩いている銀細工のペンダントを開けて、その精悍な瞳を見詰めた。
正直に言うと、私は、求めているみたい。
この人に、会いたい。
本能が、この女の身体に刻まれた本能みたいなものが、この人を求めている。見詰めているだけで、胸を掻きむしられるような気持ちになるのだ。
そして同時に、背中に鋭い傷みが蘇ってきて、息が上がる。
会いたい。恋い焦がれるように会いたくて、でも同時に胸を締め付けるような深い悲しみに襲われる。
死してもなおこの女は、その人のことを求めているのだ。
「アリー、お母さんは、この人のこと、きっととても好きだったのね」
セレスタが『意識』を失っても、彼女の『身体』が覚えているほどに。
「……うん」
アリシアは悲しそうな顔のまま、そっと頷いた。