第10話:そもそも妹なんかでもなく、一緒に暮らしていたという事実すらないまったくの赤の他人だったら……?
こうして私は、激しく妹の身を案じてくれる優しいお兄さんと、超絶美少女の娘ちゃんを連れて、はじめて異世界の町へと繰り出した。
目にするものすべてが可愛いらしい。
お伽噺に出てくる中世ヨーロッパのような町並みだった。
思ったよりも大きくて活気がある。遠くには、一際荘厳な建物——イギリスのバッキンガム宮殿みたいなお城も見えている。
王様がいる、王国なのかしら……。
私は心が弾んだ。
完璧に作り上げらえたテーマパークだ。
やったことはないけど、ⅤRゲームの世界ってこんな感じなのかな。
兄はどこから持ってきたのか、地味な灰色をした大きな風呂敷みたいなものを取り出して、どこぞの宗教を信仰する女性のように、私の顔面をぐるぐる巻きにした。
「悪いけど我慢してね。君は顔が露出してると、それだけで男がいっぱい寄ってくるからね、僕には君を守りきる自信がないよ……」
フィドルさんは悲しそうな声で言う。
暑苦しいことこの上ないけど、異世界では何がルールか分からない。お兄さんが言うならそうなんだろうと、私は大人しく目だけを出して街中を歩くことになった。
まず、フィドルさんの働く宝飾品工房へ向かう。
「ちょっとここで、待っててね。午後、お休みをもらえるか親方に掛け合ってくるから!」
フィドルさんは私たちを工房の入り口前に待たせて、さっさと中へ入っていった。
私は石造りの平屋らしき大きな建物をしげしげと眺める。大きくて立派な工房だった。
この界隈は職人たちの工房が集まる通りなのか、同じような建物が周りにもたくさんある。
「おやおや~?ずいぶん可愛いらしいお嬢ちゃんがいるじゃないか!」
近くの建物から出てきた粗野な雰囲気の男二人組にさっそく声を掛けられる。
あまり上品な雰囲気ではない男たちだ。
男は顔を屈めてアリシアの顎に手を掛けた。
「驚いたな……!まじで別嬪だ!オレはお嬢ちゃんにそっくりな、銀髪に紫の瞳の女を知ってるぜ……ここらじゃ有名な『傾国の魔女』と呼ばれた女だ」
「ああ、あれか、陛下のツガイ候補だった女だろ……!殺されちまったらしいけどな……!たしかに、よく似てるなあ……」
「ちょっと!やめてください……っ!」
私は男の手を振り払って、アリシアを庇うように立ち塞がった。
「いったい、何を考えてるんですかあなたたちは……っ!この子はまだ五歳ですよ……!」
一度死んで棚ぼたで貰った命だからか、知らない人しかいない異世界だからか、何も失うものもなく、何の気兼ねをする必要もないこの世界で、私に怖いものなど何もなかった。
別に、殺されてもいいや、ぐらいの気持ちだったのである。
「なんだ?おばさん。その薄汚ねえ頭巾は?人様に見せられないほど醜い顔でもしてんのかあ?」
男はこちらを完全にバカにしたような顔で、迫ってきた。
誰がおばさんだって?おばさんじゃないし!こちとら絶世の美女だし!
私は頭巾を剥ぎ取られても、堂々とした顔で相手を睨み付けていた。
二人の男が慌てふためく。
「こ、コイツは……っ!マジで『傾国の魔女』……!?」
二人の慌てようと大声に、何事かと通りを歩いていた人達も足を止める。
いや、絶世の美女だとは思っていたけど、こんなに大勢の人達が二度見して足を止めるほどのものだろうか……?
「おまえ……っ!生きていたのか……っ!!!」
集まってきた野次馬の一人、中年の太ったおばさんが、親の敵を見付けたみたいな顔で走ってきた。
「あははは……っ!なんてみっともない姿だろう。みすぼらしい服!お前みたいな薄汚い売女にはお似合いさ!『ラドラックの真珠』もすっかり堕ちたもんだね……!」
おばさんは私の姿を全身ためつすがめつするなり大声で笑い始めた。
「これが傾国の魔女と呼ばれた女の末路と言うわけだ。その済ました顔でいったい何人の男を破滅に追いやったことか……!死んだって噂だったけど、間抜けだねえノコノコこの街に帰って来るなんて」
私が呆気に取られているうちに、おばさんは私の右の頬を思いっきり平手打ちした。思わずこちらがよろけるぐらいの強さで。
キーンと耳鳴りがして、頬が信じられないほど傷んだ。
私は打たれた頬に手を遣りながら呆然と、初対面のおばさんを見上げる。
「『この女』がいったい、あなたに、何をしたと言うんですか……?」
あまりの仕打ちに、私はただただ自然に口をついて出てきた言葉を投げ掛けていた。
「はあー……?なんだいその他人事みたいな言い種は!私の旦那もあんたに入れ込んで、全財産使い果たしちまったんだよ……!小さい子どもが三人もいるってのに……!おかげでこっちはどんだけ苦労させられたことか……っ!」
私は頬に手をやったまま、何も反論できずにいた。
同じではないか。
私も、アンドリューに誑かされて、全財産取られたのだから。いや、それどころか、こっちは命まで取られたのだから……。
まさか、セレスタ・クルールはよりにもよってロマンス詐欺師だったのか?こんな、三歩歩けば恨みを持つ人間に当たるほど、いろんな人を不幸に陥れたのか?
だとしたら本当に、私は最低最悪な人間に転生したというものだ。
「それは……すみませんでした。本当に、申し訳ございませんでした」
私は地べたに正座し、頭を下げた。
そうする意外、方法が分からなかった。
「なっ……」
おばさんはあまりのことに絶句する。
「い、良い気味だね。土下座?……私は改心しました、とでも言うのかい?頭を下げたら許してもらえるとでも?ねえ、みなさんご覧になって……!天下のヒルダ・ビューレンが土下座してるわよ……っ」
ヒルダ・ビューレン……?
私は自分を罵る言葉よりも、呼ばれた名前の方が気になった。
ヒルダ・ビューレン?
セレスタ・クルールではなくて?
頭が混乱してくる。
たしかに、私のことをセレスタと呼んだのはフィドル・クルールだけだ。
自分の名前が本当にセレスタ・クルールであるという証拠はどこにもない。
もしかしたら、すべてフィドルさんのでっち上げなのかもしれない。
そもそも妹なんかでもなく、一緒に暮らしていたという事実すらないまったくの赤の他人だったら……?