Episode97
静かに触れ合う温もりの中で、時間の流れがゆっくりと感じられた。
「……今日止められないかも」
「だ、大丈夫だよ……?その、私も……そのつもりで……家に来たわけ……だし……」
瀬良の肩に額を預けたまま、美菜は小声で話しながらそっと目を閉じる。
(あー……可愛い)
瀬良は美菜の恥ずかしがっている顔を見たくてたまらなかった。
けれど——
〜〜♪
突然、部屋に響く電子音がその静寂を破った。
「……っ」
2人の間に差し込むようなスマホの着信音。
美菜が僅かに顔を上げ、テーブルの上のスマホを見る。
長く響くコール音と、瀬良の画面に表示された名前。
『木嶋 』
「……木嶋さん?」
美菜が小さく呟くと、瀬良の表情が一瞬にして冷えた。
「……」
低く、短い声。
「……あいつほんと空気読まないよな」
「いやいや、電話だし空気読むとか読まないとかじゃないよ?……とりあえず出てみる?」
「……いいよ、また今度で大丈夫だろ」
「んっ……」
瀬良は気にせずもう一度仕切り直すかのように美菜に口付ける。
〜〜〜〜♪
しかし鳴り止まない電話。
留守電に設定しておけば良かったと瀬良は後悔していた。
(……これで大した事ない様だったら許さないからな)
美菜はスマホを気にしてしまっている。
瀬良の指先が美菜の腰に添えられていたが、その手がゆっくりと離れていった。
「……もしもし」
『あ!おつかれー!今大丈夫?』
「全然大丈夫じゃないんだけど」
『え?そう?ごめんごめん!でもちょっとどうしても言わないといけないことあってさー……』
「……なに」
『さっきめちゃくちゃ美味いクレープ食べたんだけどさ!』
「……は?」
瀬良の表情が僅かに険しくなる。
美菜も、思わずスマホを覗き込んだ。
『いやー、クレープ奢ってもらって俺も満足して帰ってたのよ?帰ってたら丁度駅前に新しくオープンした店をたまたま見つけちゃって、2個目思わず食べちゃったよねー!クレープ生地がモチモチで、クリームも甘さ控えめで最高だったんだよ!』
「……それがどうした」
『いや、お前甘いの得意じゃないけど、これはマジでイケると思うんだよな!だから今度一緒に行こうぜ!』
「……」
瀬良は無言でスマホを耳から少し離し、静かに息を吐いた。
「……それを今、俺に言わなきゃいけなかったのか?」
『あ、違う違う、本題はこっち!』
木嶋の声が急に弾む。
『今からゲームしようぜ!もう何人か集めといた!』
その瞬間、美菜の肩がピクリと動いた。
——ゲーム?
瀬良の指が、わずかに強くスマホを握るのを、美菜は見逃さなかった。
「……今は無理」
短く返した瀬良に、木嶋が「えー?」と不満そうな声を上げる。
『なんだよ珍しいな。お前が断るなんて。もしかして今、何かしてる?』
瀬良は何も言わなかったが、沈黙が答えを示していた。
『まさかとは思うけど、誰かと一緒だったり?』
木嶋の軽い口調とは裏腹に、その問いは妙に鋭い。
美菜の心臓が跳ねる。
瀬良の視線がふと美菜に向けられた。
「……そうだったら、なんだ」
低く、落ち着いた声が響く。
電話の向こうで、一瞬木嶋が黙った気がした。
『……マジで?もしかして、美菜ちゃん……?』
瀬良はそれ以上答えず、ただスマホを持つ手にわずかに力を込めた。
『あちゃー……そっか……うん、いや、なんか本当に悪かったな。邪魔した』
「……ああ」
『じゃあまた今度』
「……」
『……ごめんなさいッッ!!!』
短くそう言って、木嶋は通話を切った。
沈黙が降りる。
瀬良はスマホをテーブルに置くと、美菜の方を向いた。
「……ごめん、邪魔された」
「ううん……」
美菜は静かに首を振る。
瀬良の表情は、どこか不機嫌そうだった。
「木嶋さん達と……ゲームしなくて良かったの?」
「……してほしかったの?」
「……ううん、今は……しなくていい」
美菜は瀬良を抱きしめながらそう返答する。
瀬良は満足そうに抱きしめ返すと、「続きする?」と美菜の耳元で囁いた。
美菜の頬が一気に熱を帯びる。
「……っ、ばか……」
小さく呟きながら、瀬良の肩に顔を埋めた。
彼の腕の中にいると、心臓の鼓動が速くなるのが自分でも分かる。
瀬良はそんな美菜の反応を楽しむように、ふっと笑った。
「冗談……じゃないけど、先に風呂入るか」
「……うん」
美菜はそっと体を離し、俯いたまま立ち上がる。
さっきまでの空気のままだったら、もうこのまま流されていたかもしれない——そんなことを考えると、ますます顔が熱くなる。
「俺、後で入るから。先に入ってこいよ」
瀬良はスマホを手に取りながら、少し余裕のある声で言った。
美菜は「うん」と短く返事をして、浴室へと向かう。
***
シャワーの音が響くバスルームの中で、美菜は湯気に包まれながら深く息を吐いた。
(……なんか、すごい流れになってた……)
瀬良の腕の中で感じた温もり、耳元で囁かれた低い声。
思い出すだけで心臓が痛いくらいに跳ねる。
(私……できるかな……)
自分の気持ちは分かっている。
でも、こういう時、どうすればいいのか分からない。
(いやいやいやいや、ちゃんと来る時に今日はそういう覚悟だってしてたし、寧ろ私から誘わないと瀬良くんはその辺気を使って進まないのかなーとか思ってたし、結果オーライなんだけど……!)
実は美菜は自分から宅飲みを提案した時から考えていた。
そろそろキスくらい進んでもいいのに、と思っていた。
(それが思ったより今日……進んだなぁ)
お湯を浴びながら、熱くなった顔を少し冷ました。
美菜だってこれでも一応大人だ。
それなりに覚悟は持ち合わせていたし、寧ろそうなりたいという考えは付き物だ。
(瀬良くん……ちゃんと私の体求めてくれてたなぁ)
湯船に浸かりながら、美菜は少しだけ長めに深呼吸をする。
あまりにも瀬良と美菜の関係は白かった。
手を繋ぎ、軽いスキンシップをとる。
どこか物足りない、初々しい学生のような、そんな関係だった。
美菜としても、心のどこかで今日は求めてしまったのであろう。
(このあと、お風呂出たら……)
美菜はどんどん体が熱くなるのを感じていた。
***
バスルームの扉を開けると、湯気とともに熱のこもった空気が外に広がる。
(こっ、ここは……、タオル1枚でいくシチュエーション……!?)
美菜はバスタオルを体に巻きながら、そっとリビングへと足を向けようとしたが、あまりにも恥ずかしくなりその場へしゃがみこんで動けなくなった。
「む、無理すぎる……!そんなエロ同人みたいなシチュエーション……私にはハードルが高すぎる……!」
美菜がこのまま行くか、瀬良を呼んで何か服を貸してもらうか悩んでいると、ドアがガチャリと空いた。
「…………」
「…………」
「……ごめん、出てると思ってなくて……これ、俺の服だけど使って」
「……っ!!!!!!!あ、ありがとう!!」
瀬良は赤くなりながらも美菜の方をあまり見ないように服を渡して出ていった。
(ひぇえぇえ〜……私、このまま進めるのかなぁ……)
美菜の覚悟はあっさり折れてしまった。
***
瀬良はソファに座り、スマホをいじっていたが、美菜の気配を感じると顔を上げる。
「……おかえり」
「う、うん」
ほんの少し照れくさくて、美菜は視線を逸らした。
髪はまだ完全に乾いておらず、肩にかかった水滴が冷たくて肌をくすぐる。
瀬良の視線が、一瞬チラつく。
しかし何事もなかったかのようにスマホを置いた。
「俺もシャワー浴びてくるわ」
「う……うん」
「……髪、ちゃんと乾かしとけよ」
瀬良は優しく美菜の頭をくしゃくしゃっと撫でると、美菜にドライヤーを渡し、部屋を出ていった。
(だだだだだだ大丈夫だ、大丈夫だ私。落ち着けーー……27歳だ……!別に初めてじゃないし!!?)
美菜の恋愛経験は豊富では無いが、まるでそもそもの行為が初めてのように緊張してしまう。
美菜はドライヤーのスイッチを入れ、そっと息を整えた。
***
シャワーを浴び終えた瀬良が部屋に戻ってくる。
黒のラフなTシャツにスウェット姿。
髪は少しだけ濡れたままで、適当にタオルで拭いたような乱れた髪が、いつもより色っぽく見えた。
(ずるい……そんな格好で出てこられたら……)
美菜は思わず視線を逸らす。
「乾かした?」
「う、うん」
「ならいいけど……」
瀬良はそう言うと、ソファに腰掛け、美菜の隣に座った。
しばらくの沈黙。
美菜の緊張が高まる中、瀬良がふっと微笑む。
「……緊張してる?」
「……っ」
図星だった。
美菜はぎゅっと手を握り、ゆっくりと瀬良を見上げる。
「……うん」
正直に答えると、瀬良は小さく笑った。
「別に無理することじゃない」
彼の手が、美菜の頬にそっと添えられる。
「……美菜が嫌じゃないなら、いい?」
「……うん」
静かな夜。
お互いの呼吸が聞こえる距離。
美菜はそっと目を閉じ、瀬良に身を預けた。
あともう1ページだけいちゃいちゃさせてください……!
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