Episode92
酒も進み、居酒屋の雰囲気はますます賑やかになってきた。
木嶋は上機嫌で、すでに何杯目かわからないほどグラスを空けていたが、元々明るい性格の彼はさらに饒舌になっていた。
「いや~、やっぱこういうのいいっすね! みんなで飲みに行くって最高じゃないですか!」
「まあ、たまにはな」
瀬良が軽く頷きながらグラスを傾けると、木嶋は「そうそう!」と勢いよく頷いた。
「だってさ、最近みんな忙しいし、なかなかこうして集まれないじゃないですか! それが今日は偶然バッチリ揃ったわけですよ! もうこれは運命でしょ、運命!」
千花がくすっと笑いながら、「木嶋さん、お酒回ってません?」と茶化すと、木嶋は「え、そんなことないっすよ?」ときょとんとしながらも、またグラスを煽った。
一方美菜は少し酔いながらもみんなに料理を取り分けていた。そしてそれを瀬良に渡した時、瀬良に「飲みすぎんなよ」と釘を刺される。
(うっ……楽しくて飲んじゃいそうだけど、我慢我慢)
前回の反省を活かして、美菜は取り分け係に務めていた。
「でもさぁ、今日改めて思ったんですけど――」
木嶋はふと、美菜と瀬良の方を見て、にやりと笑った。
「2人って、なんか付き合ってるみたいですよね!」
「――――」
一瞬、場の空気が止まる。
「……あ」
千花が思わず声を漏らした。
田鶴屋も「お?」と目を細める。
そして、美菜と瀬良は――揃ってわずかに肩をこわばらせた。
「えっ?」
木嶋はまったく気づいていない。
「いやいや、だってこの取り分けたもの渡してる美菜ちゃんの顔!もう恋してる人の目ですね!それに二人とも雰囲気いいし! もう完全に恋人同士じゃないですか!付き合っちゃえばいい……の……に?」
満面の笑みでそう言い切ろうとした木嶋がやっと場の空気に気づく。
しかし、誰も「いや違うよ」と否定しない。
「えっ……?」
木嶋の笑顔が少しずつ引いていく。
「え、え? え?」
美菜は気まずそうに視線を落とし、瀬良は小さくため息をついてから、木嶋の方を見た。
「……まあ、実際付き合ってるしな」
「えええええええええええええええ!?」
木嶋はガタンと椅子を揺らして立ち上がる勢いだった。
「マジで!? 本当に!? 付き合ってるの!? え!? いつから!? 俺だけ知らなかったやつ!?」
「うるさい、落ち着け」
瀬良が冷静に言うが、木嶋の興奮は収まらない。
「いやいや、ちょっと待って!? え!? なんで誰も教えてくれなかったんですか!?」
「別に隠してたわけじゃないけど……まあ、言うタイミングなくて?」
美菜が申し訳なさそうに言うと、千花がこそっと「いや、ちょっとは隠してたと思いますよ?」と茶々を入れる。
田鶴屋は面白そうに笑いながら、木嶋の肩をぽんぽんと叩いた。
「まぁまぁ、木嶋くん、今日は飲もう」
「いや、そういう問題じゃないんですよぉ!」
木嶋はがっくりと肩を落とした。
「俺、鈍感すぎるじゃないですか……なんでこんな大事なことに気づかなかったんだ……」
「そんなに落ち込むこと?」
瀬良が呆れたように言うと、木嶋は「いや、大事ですよ!」と真剣な顔で言った。
「だって! 俺、美菜ちゃんのこと、絶対彼氏いないタイプだと思ってましたもん! 仕事もできるし、しっかりしてるし、でも意外と隙がなくて……!」
「それ、褒めてる?」
美菜が微妙な顔で尋ねると、木嶋は「もちろん!」と即答する。
「でもそんな美菜ちゃんが俺のゲームの相棒と付き合うなんて……いやぁ……なんか感慨深いなぁ……」
「俺のゲーム相棒……?ってなんですかぁ?」
「――――」
千花が笑いながらツッコむが、場の空気はまた止まる。
さっきまで騒いでいた木嶋はあさっての方向を向いて静かになってしまった。
「あれ?なんか、私にだけ隠してることありますよねこれ!?」
「……瀬良くん、もう千花ちゃんにも言っていいんじゃない?」
「……はぁ……」
瀬良は木嶋に呆れながらも、自分がプロゲーマーな事、木嶋はその大会に一緒に出る相棒な事、たまたま同じ職業で、ゲーム繋がりで入社してきた事を千花に説明した。
「へーーー!瀬良先輩ゲームの大会とか出てるんですね!凄いじゃないですかぁ!」
瀬良は千花の興奮した反応に一瞬だけ目を細めた。
「……まあ、そんなとこだ」
言いながら、軽く肩をすくめてグラスを置くと、すぐに席を立った。
「ちょっと外の空気吸ってきます」
瀬良はそう言って出ていってしまった。
「あいつゲームの事探られたり、褒められたりするの前から苦手みたいでさ、なんかごめんね!」
「えー!なんか悪いことしちゃったかも……私謝りに行こうかな……」
木嶋がフォローするも逆効果で、千花は不安がる。
「大丈夫だよ、千花ちゃん。私が様子見てくるから気にしないで」
美菜は酔いが回っている千花を慰めると、席を立った。
美菜が出ようとした時、田鶴屋は小声で「あれだったら抜けても大丈夫だからなー」と手をひらひらとさせて見送った。
***
「瀬良くん!……大丈夫?」
美菜が外で瀬良に声をかけると、瀬良は少し驚いた表情で振り向いた。
「美菜? どうしたの?」
「瀬良くんが外に出た理由、千花ちゃんが心配してたよ。ゲームの話、ちょっと疲れちゃったの?」
美菜は心配そうに彼を見つめ、瀬良は一瞬考えてから少し肩をすくめた。
「いや、そんなことない。ただ、ちょっと一息つきたかっただけだよ。なんかみんなが騒いでて、俺も少し疲れたからリラックスしたかったんだ。勘違いさせたなら後でみんなに謝っとくよ」
美菜はそれを聞いて少し安心したように頷く。
「なら良かった。じゃぁ私もちょっとここでゆっくりしよっかな」
美菜は少し笑いながら、瀬良の横に立つ。空気が少し冷たい夜風が二人を包み込む中、沈黙が続いた。
「……美菜」
瀬良が静かに言った。その声に美菜は少し驚いたように振り向く。
「ん?」
「俺、あんな風に話すつもりじゃなかったんだ」
「……うん、そうだね。でも今回は仕方ないよ」
「そうじゃなくて、付き合ってるっていうのは堂々と自分のタイミングで言いたかったんだ」
少し瀬良は悔しそうに話す。
美菜はそういった瀬良の真面目なところが好きだった。
「まあでも、あの3人には知っててもらえて良かったんじゃないかな?」
美菜が少し微笑むと、瀬良もわずかに口元を緩めた。
「そうだな。まぁ、俺としては正直今回は少しだけ予想外だったけど」
「確かに、急に暴露されるとビックリするよね。でも、少しでもバレてよかったかも」
「どうして?」
「だって、もう隠し事してる感じがイヤだったし。みんなにも、私たちがどうなってるかは分かってた方が楽だよ」
美菜の言葉に、瀬良は少し真剣な顔で彼女を見た。少し照れくさいような、優しげな眼差しで。
「……それ、俺も思う」
美菜はその視線に、少しだけ顔を赤くしながら、軽く笑った。
「じゃあ、私たち、これからもっと堂々とできるかな?」
「……ああ、もちろん。どこでだって、堂々としていればいい」
瀬良の言葉に、美菜は嬉しそうに頷く。少しだけ、心の中の重りが取れたような気がした。
「……でも、今日はみんなに気を使いすぎたな」
「そうか?」
「うん。木嶋も千花ちゃんも、すごく気を使ってくれてるけど、やっぱり素直に楽しめなかった」
美菜が少し肩をすくめると、瀬良は少し考えてから、やんわりと答えた。
「まあ、気を使ってくれるのはありがたいことだけど、俺たちはもう少しリラックスしてもいいよな」
美菜はその言葉に軽く頷き、しばらく二人で夜空を見上げていた。静かな時間が流れ、ただ二人の呼吸だけが響いていた。
「ねえ、瀬良くん」
「ん?」
「もしこれから、二人でどこかに行けるとしたら、どこに行きたい?」
瀬良は少し驚いたように美菜を見つめたが、すぐに思案する顔になった。
「どこか……か。まあ、俺はどこでもいいけどな」
「じゃあ、もし行けるなら、海が見えるところとか、静かな場所がいいな」
美菜の言葉に、瀬良は静かに笑った。
「いいな、それ。海も好きだし、静かな場所で二人だけの時間があれば、結構落ち着けるかもしれない」
美菜は満足げに頷きながら、ふと視線を外した。
「……もし、今度の休み、行けたら行こうか?」
「もちろん、行こうな」
瀬良の言葉に、美菜は小さく頷き、静かな笑顔を浮かべた。夜の空気が心地よく、二人の間に少しだけ距離が縮まったような気がした。




