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Episode90



美菜と瀬良は、雑貨屋の入り口付近で田鶴屋と千花の様子をさりげなく伺っていた。


千花はいつものように明るく、田鶴屋に話しかけながら商品を選んでいる。手に取ったクッションを抱えて「これ、めっちゃ可愛くないですか?」と笑顔で田鶴屋に見せると、田鶴屋もふっと微笑んで頷いていた。


「ほんとだ。千花ちゃんらしいね」


「えー、どういう意味ですか?」


「元気な感じ」


「もう、なんですかそれ~!」


千花は笑いながら田鶴屋の腕を軽く叩く。田鶴屋は苦笑しつつ、別の雑貨を手に取って千花に見せた。


そのやり取りがあまりにも自然で、どこか楽しげな空気を纏っていたからか、美菜はつい瀬良の袖を引っ張る。


「ねえねえ、やっぱりいい感じじゃない?」


「……ただの買い物じゃねえの」


瀬良はぼそっと答えるが、美菜は納得がいかない様子でじっと二人を観察する。


千花は田鶴屋に向かって「どっちがいいと思います?」と雑貨を見せ、田鶴屋は「どっちも似合うんじゃない?」と優しく返す。千花は「それ答えになってないですよー!」と笑いながら、楽しそうに話し続けていた。


美菜はその様子を見ながら、小さく微笑む。


「なんか、いいなあ……千花ちゃん、田鶴屋さんといるとすごく楽しそう」


「まあ、あいつは誰とでもあんな感じだろ」


「でも、田鶴屋さんもちゃんと千花ちゃんに合わせてる感じしない?」


瀬良は軽く息をつきながら、雑貨屋の店内をちらりと見た。千花が無邪気に笑い、田鶴屋が穏やかにそれを受け止めている。


確かに、自然で、居心地が良さそうな雰囲気だった。


「……別に、気にすることじゃねえだろ」


「そうだけど、なんか応援したくならない?」


美菜が小声で言うと、瀬良は「お前はほんとそういうの好きだな」と呆れたように呟く。


そんな風に二人がこそこそ話していると、突然千花がぴょんっと跳ねるように振り向いた。


「え、美菜先輩!瀬良先輩も!」


不意打ちに驚いた美菜と瀬良は、一瞬固まる。


千花は嬉しそうに駆け寄ってきた。


「お二人もお買い物ですか?」


「え、あ、うん……たまたま通りかかって……」


「わー、偶然ですね!私も新しい引越し先の買い物してたんです!」


「引越し……?」


美菜と瀬良は、千花の言葉に一瞬驚いたものの、すぐに納得したように頷いた。

千花はたしか実家暮らしだ。


「引越しの買い物って……千花ちゃん、一人暮らしするの?」


「そうなんですよー!ついに!って感じです!」


千花は嬉しそうに手を合わせ、満面の笑みを浮かべる。その勢いに美菜もつられて笑った。


「それで田鶴屋さんを連れ回してるの?」


「はい!たまたま本屋にいたところを捕まえて、荷物持ちしてもらってます!」


千花が屈託のない笑顔で言うと、田鶴屋は苦笑しながら肩をすくめた。


「捕まったというか……まあ、頼まれたから付き合ってるだけだよ」


「田鶴屋さん、優しいですよねー!本当に助かってます!」


千花は無邪気に笑いながら、両手に持っていた紙袋を軽く揺らした。その袋の中には、クッションやインテリア小物がぎっしり詰まっている。


「でも、そんなに買って大丈夫?一人で運ぶの大変じゃない?」


「だから田鶴屋さんがいるんですよ!」


「俺は配達員じゃないんだけどなぁ〜」


田鶴屋が少しぼやくが、千花はまったく気にしていない様子でにこにこしている。あながち田鶴屋も嫌とはかんじてないようで、寧ろどこか頼られて嬉しそうではあった。そのやり取りを見て、美菜は思わず笑ってしまう。


「千花ちゃん、ほんと元気だね」


「えへへ!でも、せっかく新生活が始まるんだから、気合い入れて可愛い部屋にしたいんですよ!」


「どんな部屋にするの?」


「んー、ナチュラルで可愛くて、でもちょっと大人っぽい感じにしたいなって!シンプルな家具に、お気に入りの雑貨を飾って……あっ、そうだ!」


千花は突然、美菜の手をぱっと掴んだ。


「美菜先輩、お部屋に合いそうな可愛い雑貨、一緒に選んでくれませんか?」


「えっ、私?」


「はい!絶対センスいいと思うので!」


千花のキラキラした目に圧倒され、美菜は「えーっと……」と戸惑いながら瀬良の方をちらりと見る。すると、瀬良は「好きにすれば?」と言わんばかりに軽く肩をすくめた。


「……じゃあ、ちょっとだけ?」


「やったー!ありがとうございます!」


千花が嬉しそうに飛び跳ねると、田鶴屋が「元気だな……」と呆れたように笑った。


「瀬良先輩も一緒にどうですか?」


「いや、俺は遠慮しとく」


「えー、つまんないですよ!」


「俺に雑貨のセンス求めるな」


瀬良がそっけなく言うと、千花は「むぅー」と唇を尖らせたが、すぐに気を取り直して美菜の腕を引っ張った。


「じゃあ、美菜先輩、行きましょ!」


「ちょ、ちょっと待って、そんなに引っ張らないで!」


瀬良と田鶴屋が後ろから苦笑しながら見守る中、美菜は千花に連れられて店内へと吸い込まれていった。



***



千花に手を引かれながら、美菜は雑貨の並ぶ棚を一緒に見て回った。


「このフォトフレーム、可愛くないですか?」

「うん、ナチュラルな木の感じがいいね。千花ちゃんの部屋にも合いそう」


そんな風に雑貨を選んでいると、ふと千花が美菜の首元に視線を向けた。


「……あれ?」


「ん?」


「美菜先輩、それ……」


千花が指さしたのは、美菜がつけているネックレスだった。


「あれれ~? なんか普段つけてないですよねぇ?」


ニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる千花に、美菜は一瞬たじろいだが、すぐに苦笑しながら頷いた。


「実は、さっき瀬良くんからもらったの」


「えー!羨ましいですー!!美菜先輩にすっごい似合ってますよ!」


千花のテンションが一気に爆発し、雑貨屋の一角で軽く跳ねるようにして美菜の手を取る。

美菜は千花に話すか一瞬悩んだが、千花を信じ話してみることにした。


「じ、実はここだけの話付き合ってて……ね」


「きゃーーー!! ですよね!!ですよね!!」


千花は両手を握りしめながら、本気で喜んでいる様子だった。


「ごめんね、黙ってて」


美菜が申し訳なさそうに言うと、千花は「いえいえ!」と手を振りながら、ちょっと得意げな表情を浮かべた。


「実は、なんとなく気づいてましたよ?」


「えっ……?」


「でも、やっぱり社内恋愛っていろいろあるじゃないですか? だから、気づいてても余計なことは言わずに見守ろっかなーって思ってましたっ!」


千花は「てへっ」とおどけながら舌を出し、笑った。


「そっか……」


美菜は思わず感心してしまった。


千花は恋愛話が好きで、人を引っ付けたり話を聞くのも好きなタイプだが、決して無遠慮に踏み込んだり、軽々しく噂を広めるようなことはしない。ちゃんと相手の立場や状況を考えて、見守るべき時は見守れる。


後輩でありながら、そういう人間関係にはしっかりとした考えを持っている千花を、美菜は改めて「いい後輩を持ったな」と思った。


「千花ちゃん、ありがとね」


「いえいえ! でも、今聞いちゃったからには、これからたくさんお話聞かせてもらいますよー!」


「そ、そこはほどほどにね……?」


美菜が苦笑すると、千花は「えへへー!」と元気よく笑った。



***



瀬良と田鶴屋が残され、気まずい沈黙が流れるかと思いきや、田鶴屋は軽い調子で口を開いた。


「で、今日のデートは楽しかったのか?」


瀬良は一瞬、言葉に詰まる。まるで当たり前のことのように聞かれて、返しに困った。


「……まあ、それなりに」


「それなりに、ねぇ」


田鶴屋は苦笑しながら、近くにあった雑貨を手に取る。


「河北さん、めちゃくちゃ嬉しそうだったけど?」


「……そう、ですかね」


「そうだよ。さっきまでの様子見てたら分かる」


瀬良は少し視線を逸らしながら、ポケットに手を突っ込んだ。


「……まあ、よかったです」


その反応に、田鶴屋はクスッと笑う。


「お前、めちゃくちゃ河北さんに甘いよな」


「そうですかね」


「そうだよ。だから、千花ちゃんに突っ込まれるんだろ」


瀬良は何も言い返さなかった。


田鶴屋はふっと軽く息をつくと、雑貨の棚に視線を向けた。


「ま、俺は何も言わないけどな。河北さんが幸せそうならそれでいい」


「……ありがとうございます」


田鶴屋は「素直でよろしい」と冗談めかして笑い、瀬良は軽くため息をついた。


それ以上、特に深い話をするわけでもなく、二人は黙って美菜と千花が戻ってくるのを待った。


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