Episode8
その後、美菜は気持ちを切り替えて仕事に集中した。
今日も指名の予約は埋まっていて、次々とお客様を担当する。
「美菜ちゃん、最近予約取るの大変になってきたわね」
「そうなんですか?」
「ええ。こないだ電話したら、希望の日がいっぱいで別の日にずらしたのよ」
「それは……嬉しいですけど、申し訳ないです」
「人気者ね。今のうちにサインでももらっておこうかしら?」
冗談めいたお客様の言葉に、美菜は照れくさく笑いながら施術を続けた。
(……本当に、指名が増えてるんだ)
そんな実感が湧いてきて、改めて身が引き締まる思いだった。
一方で、仕事の合間にふと瀬良のことを思い出す。
(あの時の顔、すごく赤かったな……)
いつも無表情に近い瀬良が、あそこまで動揺するなんて珍しい。
(やっぱり恥ずかしかったのかな)
美菜自身も、あの瞬間を思い出すとなんとなく胸が落ち着かない。
(……もう、忘れよう)
仕事に支障を出したくないし、あれはただの癖。
それ以上の意味なんて、きっとない。
***
夕方になり、店内が少し落ち着いた頃。
ふと瀬良の姿を探してしまう自分に気づく。
(いや、何やってるんだろ……)
そう思った矢先、彼の方から歩いてきた。
「河北さん」
「えっ?」
「今日、終わったらちょっと時間あるか?」
突然の言葉に、美菜は驚く。
「え、時間? まあ……あるけど」
「なら、少し付き合え」
「付き合うって……どこに?」
瀬良はポケットに手を突っ込んだまま、ぼそっと言った。
「ゲームショップ」
「……は?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「俺今日発売の予約してたゲーム取りに行くから……ついでにおすすめのゲームとか見るなら来るかなって思って」
「えっ、あっ、いや……なるほど!」
瀬良の言葉に、美菜の心臓が跳ねる。
(もしかして、これはかなり私をゲーム仲間くらいには思ってくれてる……?)
「瀬良くん、私がゲームに興味持ったから……?」
「……まあな」
そっけなく言うが、その言葉に少しだけ嬉しくなる。
(そっか。なんだかんだ、気にしてくれてるんだ)
「じゃあ……行ってみようかな」
美菜がそう言うと、瀬良はわずかに目を細めた。
「……じゃあ、仕事終わったら行くぞ」
こうして、仕事終わりの予定が一つ増えた。
(なんか……楽しみかも)
そんな気持ちを抱えながら、美菜は残りの仕事に取り掛かった。