Episode7
朝の出来事を意識しながらも、美菜は気持ちを切り替えて朝礼に集中していた。
スタッフ全員が集まり、店長が今日の予約状況や目標を確認していく。
「それと――河北さん」
突然、自分の名前が呼ばれて、美菜は少し驚いた。
「はい?」
「最近、売上がかなり伸びてるな。この調子で頑張れよ」
店長が笑顔でそう言うと、周りのスタッフからも「すごいじゃん!」「頑張ってるもんね!」と声が上がる。
(え……私、そんなに?)
売上のことはそこまで意識していなかったが、認められるのはやはり嬉しい。
「ありがとうございます。これからも頑張ります!」
少し照れながらも、美菜はそう返した。
***
朝礼が終わり、各自の準備に取り掛かろうとしたそのとき――
「……良かったな」
低めの声がすぐそばで聞こえた。
「瀬良くん?」
横を見ると、彼が無表情のまま立っていた。
「お前、最近ずっと指名増えてただろ。別に不思議じゃない」
「う、うん……でも、改めて言われるとちょっと恥ずかしいね」
「……素直に喜べばいいだろ」
淡々とした言葉だったが、それが逆に彼なりの気遣いのようにも思えた。
(あ、そうだ)
少し気が緩んだのか、美菜は冗談めかして言ってみる。
「ねぇ、今度は頭撫でてくれないんだ?」
すると――
「っ……!」
瀬良の顔が、想像以上に真っ赤になった。
(えっ、そんなに!?)
美菜は驚きながらも、急に気まずくなってしまう。
「ちょ、冗談だよ! 瀬良くん、そんなに赤くならなくても……!」
「……知らねぇ」
そう言って、瀬良はわずかに顔をそらした。
(やばい、なんかすごいこと言っちゃった……?)
慌てて場を取り繕おうと、美菜は話を続けた。
「えっと……瀬良くん、よく人の頭撫でたりするの?」
「……」
彼はしばらく沈黙してから、少しだけ視線を落とした。
「近所に住んでる親戚の子がいる。まだ小さい女の子で、よく遊びに来るんだ」
「へぇ……」
「それで、つい頭を撫でる癖がついたんだと思う」
「ああ……それで私にも?」
「……たぶん」
そう言われて、美菜は「なーんだ」と小さく笑った。
(……なんか、ちょっと残念)
でも、これはただの癖。
(同期として接してるだけ……うん、そういうこと)
仕事に支障を出さないためにも、そう思い込むようにしよう。
「じゃあ、また仕事頑張ろうね!」
明るく言うと、瀬良は小さく頷いた。
「……ああ」
美菜は、ほんの少しだけ胸がチクリとするのを感じながら、仕事に向かった。