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Episode77



配信を終えた後、瀬良はしばらく無言で画面を見つめていた。

ゲームの余韻が残っているわけではない。頭の中にあるのは、さっきまで通話をしていた『みなみちゃん』——そして、美菜のことだった。


「……気のせいか?」


小さく独り言を漏らしながら、瀬良はヘッドセットを外し、背もたれに体を預けた。


今日の試合中、みなみちゃんのプレイを見ていて、どこか引っかかるものがあった。

最初は気にしなかったが、試合を重ねるうちに違和感は次第に強くなっていった。


(話し方……ゲームの仕方……)


みなみちゃんは、確かに初心者だった。だが、彼女の動きにはどこか見覚えがあった。

恐る恐る前に出るときのためらい方、意外と器用にサポートをこなすところ。

それは、瀬良がこれまで見てきた美菜の姿と重なっていた。


(……ありえない、か?)


ネットとリアルは別だ。偶然、似たタイプのプレイヤーだっただけかもしれない。

だがみなみちゃんが話す度に美菜がずっとチラつく。

通話越しの声や反応から、妙な既視感を覚えた。


「……」


確信があるわけではない。むしろ、ただの思い過ごしかもしれない。

だが、一度気になり始めると、どうしても頭から離れなかった。


(……明日、直接美菜に聞いてみるか)


もし本当にみなみちゃん=美菜だったとしたら……


深く息を吐き、瀬良はベッドへと身を投げる。


「……考えすぎだろ」


小さくそう呟いたが、心のどこかではもう答えを知っている気がしていた。


目を閉じると、さっきまで聞いていた声が微かに耳に残る。

それを振り払うように、瀬良は静かに目を閉じた——。



***



田鶴屋はスマホを横に置き、ソファに深く腰を下ろしていた。

目の前にはノートPC。その画面には、盛り上がる配信のコメント欄が映し出されている。


『Iris、教え方シンプルすぎるw』

『でも、なんかいい師弟感あるな』

『みなみちゃん、頑張れ!』


タヅル——田鶴屋が配信で使っているハンドルネームも、何度かコメントの波に紛れた。

とはいえ、古参としての自負がある彼は、目立ちすぎず、それでいてしっかりと応援の言葉を送るスタンスを崩さない。


「……へぇ、なるほどね」


タヅルとしてではなく、田鶴屋としての視点で画面を眺める。

いつもとは少し違う感覚だった。


Irisと漆黒の木嶋…田鶴屋にとってもかなり聞き覚えのある声だ。


というかこの漆黒の木嶋@堕天使についてはなんかもう隠そうとしているのか、それともバレてもいいのか分からない名前だ。


(瀬良くんと木嶋くんがプロゲーマーねぇ…)


木嶋の面接の時に何繋がりでうちの店の入店を希望したのか軽く聞いた事があった。

その時一瞬顔が曇ったのを田鶴屋は覚えている。


「はいはいはい…なるほどね、だからなのね」


点と点が田鶴屋の中で繋がる。

そして繋がったものが田鶴屋にとってかなり面白い展開だ。


みなみちゃん——いや、河北美菜が、Irisと漆黒の木嶋という2人のゲーマーと並んでプレイしている。

緊張しながらも試合の中で成長していく様子は、普段の配信とはまた違った魅力を感じさせた。


(しかし……これは、気づかれてもおかしくないな)


田鶴屋は、瀬良のことを思い浮かべる。


——いや、もうすでに、瀬良は気づいているのかもしれない。


瀬良が美菜を恋人として見ている以上、配信の声だけでも気づく可能性は高い。

それに、話し方やゲームの動き……何より、彼女のちょっとした仕草のようなものが、画面越しにも表れていた。


(まあ、確信は持てないだろうが……明日、河北さんに探りを入れるだろうな)


田鶴屋はゆっくりと紅茶を口に運ぶ。


『みなみちゃん、ちゃんと成長してる!』

『Irisの教え方、スパルタだけど的確だな』

『漆黒の木嶋@堕天使、解説どこいったw』


コメント欄が楽しそうに流れていく。


配信が盛り上がるのは、リスナーとしても嬉しいことだ。

だが、田鶴屋は別の意味で、心の中で面白がっていた。


(さて……瀬良がどう動くか、見ものだな)


古参リスナーとして、そして美菜のことを知る者として——

田鶴屋は、明日が少し楽しみだった。


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