Episode76
配信が始まると、コメント欄はすぐに活気づいた。
『うおお、本当にIrisきた!』
『漆黒の木嶋@堕天使の名前がじわじわくるwww』
『みなみちゃん、大丈夫か!?格上すぎるぞw』
美菜は少し緊張しながら画面を確認する。
「えっと、ワールド・リーゼは2対2だから……今回は交代でやる感じですね?」
『だな』
『まずは俺とIrisが組んでやるから、みなみちゃんは試合を見ながら慣れてくれ』
木嶋の声が軽く響く。
「わかりました!勉強させてもらいます!」
とは言ったものの、ワールド・リーゼはかなりスピード感のあるゲームだ。動きについていけるか不安を感じながら、美菜は観戦モードに入った。
試合開始——
画面が切り替わり、Irisと漆黒の木嶋@堕天使のキャラクターが戦場に降り立つ。相手はランキング上位の実力者たちだ。
『——行くぞ』
試合開始の合図とともに、Irisのキャラクターが素早く前線に飛び出す。その動きはまるで流れるようで、無駄が一切ない。
「すごい……」
美菜は思わず息を呑んだ。
Irisの役割はアタッカー。その名の通り、攻撃をメインに敵を倒していく。射撃の精度も動きの判断も的確で、敵が反応する間もなく追い詰めていく。
『右、詰める』
短く言うと同時に、Irisは敵の射線をかいくぐりながら一気に間合いを詰め、瞬く間に1キルを取る。
『ナイス。カバー行く』
木嶋はサポート役としてIrisを補助しつつ、相手の動きを封じる。冷静に敵の位置を把握し、適切なスキルを使ってIrisの動きをさらに加速させる。
(これがトッププレイヤーの連携……)
美菜は画面に釘付けになっていた。
Irisと木嶋の動きには一切の無駄がない。まるで阿吽の呼吸のように連携し、相手に一瞬の隙も与えない。そのまま敵を圧倒し、あっという間に試合は決着した。
VICTORY——!
『っしゃ』
『まあ、こんなもんだな』
試合が終わると、2人とも特に驚いた様子もなく淡々としていた。
美菜は画面を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「……ちょっと待って、レベル違いすぎません?」
『ま、Irisが強いからな』
『……別に』
木嶋の言葉に、Irisは軽くため息をつくように応えた。
「こんな試合見せられたら、次出るの怖いんですけど……!」
『大丈夫大丈夫、初心者はまず慣れることが大事だから!』
『実際、お前のプレイ見た感じ、センスはある』
「えっ」
意外な言葉に、美菜は驚いた。
『アーカイブ見ておいた。動き自体は悪くない。細かいところを覚えれば、もっと上手くなる』
『ほらな、Irisがこう言うんだから、絶対伸びるって!!』
木嶋が軽く笑いながら言う。
「……そ、そうかなぁ」
『ま、試しに1戦やってみるか?』
「えっ」
『次、Irisとみなみちゃんのペアでやってみたら〜?』
突然の提案に、美菜は一瞬固まる。
(Irisさんと……ペア……?)
「ま、待ってください!そんな突然……!」
『試合しながら覚えたほうが早い』
Irisの言葉は簡潔だった。
(……うぅ、こういう人、仕事でもいる……!)
強引にでも経験させるタイプだ。しかし、それはきっと実力を伸ばすためのものでもある。
美菜は少し息を吸い込んで、覚悟を決めた。
「……わかりました!やります!」
こうして、美菜はトッププレイヤー・Irisとペアを組み、初めての実戦に挑むことになった——。
***
試合が始まるカウントダウンが表示される。
3… 2… 1… START——!
「う、うわぁ……始まった……!」
緊張で手が少し震えそうになるのを抑えながら、美菜は手に力を込める。
『落ち着け』
横からIrisの声が入る。冷静で落ち着いたトーンが、不思議と安心感を与えた。
「は、はい!」
『俺が前に出る。お前は後ろでサポートしろ』
「わかりました!」
Irisが先陣を切って敵に向かう。素早くスキルを使いながら敵の動きを封じ、一気に詰めていく。
美菜はサポート役として、Irisの動きに合わせながら回復や支援スキルを使った。
『ナイス。今の動き、悪くない』
「えっ、本当ですか!?」
『おう。もう少し前に出てもいい』
「は、はい!」
美菜は恐る恐る前へ出る。
その時——
敵のスナイパーがこちらを狙っていた。
「えっ!?やばっ……!」
『下がれ』
その瞬間、Irisが美菜の前に入り込み、敵の攻撃をスレスレで避けながら反撃を決めた。
KILL CONFIRMED——!
『……助けられる前提で動くな』
「す、すみません……!」
『でも、ちゃんと回復はできてた。悪くない』
「……!」
短いながらも、確かに認められている。美菜は緊張しながらも、少しずつゲームに集中し始めた。
コメント欄はゲーム画面を見ながら盛り上がっている。
『Iris、教え方シンプルすぎるw』
『でも、なんかいい師弟感あるな』
『みなみちゃん、頑張れ!』
『漆黒の木嶋@堕天使、完全に観戦モードで草』
『あ!俺、解説しようか?』
試合とコメント欄を見守っていた木嶋が軽い調子で言う。
「えっ、解説してくれるんですか?」
『まあな。Irisの動きとか、どういう意図があるか説明しながら見てれば、お前ももっと理解しやすいだろ』
『いらん』
即答するIris。
『えぇ〜、いいじゃん別に』
『余計なこと言って混乱させるな』
『俺、ちゃんと役に立つ解説するって!な、みなみちゃん?』
「え、えっと……」
どちらの意見を取るべきか迷っていると、コメント欄も盛り上がっていた。
『漆黒の木嶋@堕天使の解説、聞きたい!』
『でもIrisが拒否してるのじわるwww』
『Iris「余計なこと言うな」→木嶋「言うぞ」→この流れ好きw』
『みなみちゃん、完全に戸惑ってるwww』
美菜は少し笑いながら、木嶋に向かって言った。
「じゃあ、試合が終わったらお願いします!」
『おっけー!』
『……』
Irisは何も言わなかったが、小さくため息をついたような気がした。
試合終盤——
敵もなかなか粘っていたが、Irisの連携の指示に従って動くことで、美菜も徐々に試合に慣れてきた。
(……あれ?ちょっと、楽しくなってきたかも)
そして、最後の場面。
Irisが敵の片方を仕留め、残るは1人。美菜は相手にスキルを当て、動きを封じた。
『今のまま、俺が決める』
「了解です!」
Irisが一気に飛び込み、鋭い攻撃で止めを刺す。
VICTORY——!
「勝った……!?」
『……まあ、当然だな』
『おっ、みなみちゃん、やるじゃん!』
「えへへ……!」
コメント欄も一緒に最骨頂の盛り上がりをみせていた。
『みなみちゃん、ちゃんと成長してる!』
『Irisの教え方、スパルタだけど的確だな』
『漆黒の木嶋@堕天使、解説どこいったw』
『この3人、なんかバランス良いなw』
『勝てて良かったー!』
『↑Irisがいたら勝てるだろww』
『8888888』
『みなみちゃんおつかれー!』
美菜は試合の余韻に浸りながら、小さく息を吐いた。
「……なんか、楽しかったです!」
『そりゃよかった』
『じゃ、俺の解説タイム行くか!』
『いらん』
「ふふっ」
こうして、美菜の初戦は無事に終わった。
その後何度か交代しながら配信はまだまだ続いた。
Irisと木嶋からのアドバイスを受けながら、美菜はどんどん上達していく━━━━━。
***
配信は大盛況のまま幕を閉じた。
最初こそ緊張していた美菜だったが、何度も試合を重ねるうちに徐々にゲームに慣れ、Irisや木嶋との連携も少しずつ取れるようになっていった。
コメント欄も大いに盛り上がり、最後には「またコラボしてほしい!」という声が多く飛び交っていた。
「それでは、今日はこのあたりで! 皆さん、お疲れさまでした!」
美菜が締めの挨拶をすると、コメント欄には『おつかれー!』の文字が並んだ。
「……ふぅ。配信切りました〜!」
通話にはIrisと木嶋が残っている。
『いやー、楽しかったな! みなみちゃん、今日はありがとな!』
「いえいえ、こちらこそありがとうございました!」
『うんうん、またやろうぜ。……てか、俺、みなみちゃんの配信結構見てたんだよね』
「えっ、そうなんですか?」
『そうそう。実はファンなんだよね、俺!』
木嶋の軽い口調に、美菜は驚きつつも少し照れくさそうに笑った。
「……なんだか、嬉しいです」
『だからさ、今後とも仲良くしてくれたら嬉しいな〜!』
「もちろん!」
そんなやり取りの中——
『……眠い』
短く呟くIris。
「えっ、もう落ちるんですか?」
『ああ』
淡々とした声のまま、Irisは通話を切ろうとする——が、その前に。
『……今日の試合良かった……またな』
一言だけ、静かにそう言い残して通話を切った。
「え……」
美菜は一瞬、呆然とした。
(え、今……褒められた?)
普段、簡潔な言葉しか発しないIrisが、わざわざそんなことを言うなんて。
なんとなく、胸がふわりと温かくなるのを感じた。
『……Irisって、ほんと不器用だよなぁ』
木嶋が苦笑混じりに言う。
『まあ、あいつはあんな感じだし。……てか、ちょっと前まで俺にも敬語だったんだけどさ』
「えっ、そうなんですか?」
『うん。最近、やっと敬語抜けてきた感じ? たぶん心を許してくれたんだろうな!』
木嶋はどこか感慨深げに呟く。
『でもさ、Irisってネット上だと基本、誰に対しても敬語なんだよね』
「へぇ……?」
『だから、今日みなみちゃんと話してるの聞いて、ちょっと驚いた。……ほぼタメ語だったし』
「……あっ」
言われてみれば、確かに。
最初は時々敬語を使っていたが、気づけばほとんどフランクな口調になっていた。
(……あれ? なんでだろう?)
木嶋の言葉に、ふと胸の奥がざわつく。
『ま、珍しいこともあるんだな〜って思っただけだけどな!』
木嶋は軽く笑う。
「……そ、そうですね」
美菜もぎこちなく笑い返したが、心のどこかに妙な引っかかりが残ったままだった。
『……さて、俺もそろそろ寝るかな』
「あ!私も、今日は寝ます!」
『おっけー! じゃあ、また!』
「はい、おやすみなさい!」
こうして、初コラボの夜は静かに幕を閉じた。




