Episode74
美菜はPCの前に座り、ヘッドセットを調整すると、深呼吸して配信の開始ボタンを押した。
「みんなー!久しぶり!みなみちゃんだよ!」
コメント欄が一気に流れ始める。
『待ってた!』
『やっときた!』
『最近忙しかったの?』
「うん、ちょっと仕事が忙しくて……ごめんね!でも今日はたっぷり遊ぶよ!」
話しながら、いつもの調子を取り戻していく。やっぱり配信は楽しい。画面の向こうにたくさんの人がいて、リアルタイムで言葉を交わせるこの感覚が好きだった。
「さて、今日は何しようかなー?」
リスナーに問いかけると、さまざまな提案がコメント欄を埋め尽くした。
『ホラゲ!』
『雑談配信もいいな』
『ワールド・リーゼしよ!』
「ワールド・リーゼかぁ」
コメントを読み上げながら、少し考え込む。
美菜自身、ワールド・リーゼをプレイするのはかなり楽しかったし、美菜のゲームの中では今のところ上位に入るくらいは好きになっていた。
『みなみちゃんがワールド・リーゼやってるの見たい!』
『この前の大会、Irisと漆黒の木嶋@堕天使が優勝したし、いつかコラボしたら面白そう』
「えっ、Irisと……?」
美菜は一瞬、固まった。
(ああ、あの優勝した二人か……!)
すっかり忘れていたが、確かに大会で注目されていた。どちらも圧倒的な実力で、話題になっていたのを思い出す。
「いやいや、そんな恐れ多いよ!私なんて初心者みたいなものだし!」
笑いながら謙遜するが、内心では別のことを考えていた。
(ていうか、『漆黒の木嶋@堕天使』って……すごい名前だな……めちゃくちゃ厨二病っぽい……)
だが、人それぞれ好みがあるし、きっと本人にとっては思い入れのある名前なのだろう。
「でも、ワールド・リーゼやるのはいいかもね!久しぶりに遊ぼっか!」
そう言ってゲームを起動しようとしたそのとき——。
『漆黒の木嶋@堕天使:応援してます!』
「……え?」
画面を見た瞬間、息が止まりそうになった。
(ちょっと待って……本人!?)
コメント欄も騒然とする。
『えっ!?本人!?』
『ガチ!?』
『うわああああああ』
「ちょっ……本物!?」
驚きのあまり、思わず声が裏返る。だが、続けて漆黒の木嶋@堕天使のコメントが流れた。
『ワールド・リーゼするなら、今度コラボしませんか?』
『えっ……!?』
美菜は一瞬、言葉を失った。
(ちょ、ちょっと待って……!そんなことある!?)
『やばいやばい』『これは神回確定』『みなみちゃんコラボしちゃえ!!』
コメント欄は完全にお祭り騒ぎだ。美菜は困惑しながらも、こんな機会は二度とないと思い、興奮気味に返事をした。
「えっと……本当にいいんですか?私、全然上手くないんですけど……!」
『大丈夫ですよ!Irisも一緒に3人でしましょう!』
「えっ……?Irisさんも?」
『まだ許可取ってないけど多分大丈夫です!』
『これは強制参加案件wwww』
『Irisの許可取ってなくて草』
美菜は思わず吹き出した。
「え、そ、そんな勝手に決めて大丈夫なの!?Irisさん、怒ったりしない……?」
(いやでも、こんなビッグチャンス、断る理由ないよね……!?)
「……じゃあ、よろしくお願いします!」
こうして、予想外の展開のまま、ワールド・リーゼのコラボが決まったのだった。
***
遡ること数十分前。
木嶋はスマホを手に取り、通知欄を確認した。そこには見慣れた名前——「みなみちゃん」が配信を開始したことを知らせる通知が表示されている。
「おっ、みなみちゃん配信してる!」
思わず声を上げ、スマホをタップする。画面には可愛らしいキャラクターをしたアバターのみなみちゃんが映し出され、元気よく挨拶をしていた。
(いや〜、やっぱりかわいいな……)
彼は満足げに頷きながら、PCの電源を入れた。瀬良との約束の時間にはまだ少し余裕がある。ワールド・リーゼの準備をしながら、配信をBGM代わりに流しておくのも悪くない。
「さて、今日は何しようかなー?」
みなみちゃんの問いかけに、コメント欄が一気に盛り上がる。
『ホラゲ!』
『雑談配信もいいな』
『ワールド・リーゼしよ!』
「ワールド・リーゼかぁ」
その言葉を聞いた瞬間、木嶋の手が止まる。
(おお、ワールド・リーゼやるのか!)
彼女がこのゲームをプレイすることは知っていたが、最近は忙しくてなかなかできていなかったはずだ。嬉しそうに話すみなみちゃんの声を聞きながら、木嶋はなんとも言えない高揚感を覚える。
『この前の大会、Irisと漆黒の木嶋@堕天使が優勝したし、いつかコラボしたら面白そう』
リスナーのコメントを聞き、彼は思わず吹き出した。
「いやいや、そんな恐れ多いよ!私なんて初心者みたいなものだし!」
画面の中のみなみちゃんが謙遜しているが、木嶋はその言葉を聞きながら、にやりと笑う。
(いや、割と上手いんだけどな……)
確かに初心者ではあるが、センスはある。きちんと練習すれば、かなり強くなれるはずだ。
——そして、次の瞬間。
「でも、ワールド・リーゼやるのはいいかもね!久しぶりに遊ぼっか!」
その言葉を聞いた途端、木嶋の指が反射的に動いた。
『漆黒の木嶋@堕天使:応援してます!』
(……あ)
コメントを送った後で、少しだけ緊張する。が、すぐに画面の向こうでみなみちゃんが固まるのが見えた。
「……え?」
『えっ!?本人!?』
『ガチ!?』
『うわああああああ』
(よし、読まれた!)
木嶋は小さくガッツポーズをする。こういうとき、有名で良かったと本気で思う。
そして——。
『ワールド・リーゼするなら、今度コラボしませんか?』
気づけば、そんなコメントを送っていた。
(……あ、俺、やっべ。瀬良の許可取ってねぇわ)
しかし、もう遅い。コメント欄は大盛り上がりで、みなみちゃんも戸惑いながらもまんざらでもなさそうな反応を見せている。
『大丈夫ですよ!Irisも一緒に3人でしましょう!』
ついでに瀬良も巻き込んでおく。
『まだ許可取ってないけど多分大丈夫です!』
——そう、これは強制参加だ。
(まあ、瀬良なら断らないだろ)
木嶋はスマホを置き、PCの画面に向き直る。
(さーて、瀬良になんて言おうかな)
適当に理由をつけておけば、アイツなら文句を言いつつも付き合ってくれるはずだ。何より、瀬良がみなみちゃんのことをどう思うのか、ちょっとだけ興味があった。
「よし……今日のワールド・リーゼは、いつもより楽しくなりそうだ」
木嶋は満足げに呟くと、瀬良とのゲームの準備を再開したのだった。




