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Episode73



それからしばらくして、美菜は仕事の合間にスマホを開いた。木嶋の言葉が気になって、無意識のうちに「みなみちゃん」のアカウントを確認していた。


(最近、確かに配信できてない……)


配信自体も少なくなり、あまり動画の更新もなく、ファンからのSNSのコメントも「忙しいのかな?」とか「早く帰ってきてほしい」といったものが増えている。休日は時間は問わず配信していた日もあった。そういった配信もこの所はとれていなかったのだ。


(さすがにちょっと間空けすぎたかな……)


仕事とVTuber活動を両立しているとはいえ、最近は美容師の仕事が忙しく、なかなか時間が取れなかった。特に、瀬良との関わりが増えてからは、気づけばそちらに意識が向いてしまっていた。


「……はぁ」


小さくため息をついたそのとき、背後から声がかかった。


「何見てるの?」


「うわっ!?」


驚いてスマホを閉じると、そこには瀬良が立っていた。腕を組み、少しだけ首を傾げてこちらを見ている。


「なんだよ、そんなに驚くことか?」


「べ、別に……」


思わず目を逸らすが、瀬良の視線は鋭く、美菜の様子を探るようだった。


「なんか、木嶋のやつが変なこと言ってなかったか?」


「えっ?」


「さっき、ちょっと話してただろ。様子がいつもと違ったから気になって」


(瀬良くん、そんなとこまで気づいてたの……?)


美菜は一瞬言葉を詰まらせたが、どう誤魔化したらいいか分からず、素直に答えた。


「えっと……木嶋さん、瀬良くんが昨日ゲームしなかったのが寂しかったみたいで……」


瀬良は「はぁ」とため息をつくと、眉間に軽く皺を寄せた。


「……悪かったな。あの後何だかんだで寝ちゃったんだよな」


「うん、それは分かるけど……せめて理由をちゃんと言ってあげたほうがよかったんじゃない?」


「……まぁ、そうかもだけど……美菜が家に来てお互いマッサージしてたなんて木嶋に言うとめんどい事になりそうで言わない方がいいかなって」


「…………たしかに!」


瀬良は少しだけ考え込んでから、ぽつりと呟いた。


「でも、木嶋もあいつで隠しごと多いだろ」


「え?」


「……いや、なんでもない」


瀬良はそれ以上何も言わず、美菜の横を通り過ぎていった。その背中を見送りながら、美菜は小さく息を吐いた。


(やっぱり、みんなそれぞれ隠してることがあるんだな……)


自分だけじゃなく、木嶋も、そして瀬良も。


そのうち、すべてが繋がるときが来るのかもしれない。


そう思うと、美菜の心は少しだけ落ち着かなくなった。



***



営業が終わると、美菜は誰よりも早く帰る準備を整えた。今日はどうしても配信をしたかった。


(今日は絶対配信する……!最近サボりすぎたし……!)


だが、いつもなら「お疲れ様!」と言ってすぐに帰るスタッフたちが、今日はなぜか帰る気配がない。それどころか、店内のあちこちで仕事の雑談が始まっていた。


「今日のお客さん、すごく髪型こだわってたよなー」

「そうそう!セットの仕方まで細かく指定されてさ……」


そんな会話が飛び交い、誰一人として帰ろうとしない。


(なんで今日に限ってこんな空気なの!?)


普段なら、早々に帰る人がいて、それにつられるように店内も解散ムードになるのに……。今日は誰もその「帰る最初の一人」にならない。


美菜は焦りながら周囲を見回し、ひそかに頼れる相手を探した。そして目が合ったのは——田鶴屋だった。


(……そうだ!田鶴屋さんなら!)


美菜はそっと田鶴屋に近づき、声をひそめて話しかける。


「田鶴屋さん……お願いがあるんですけど……」


「ん?どした?」


「今日、どうしても早く帰りたくて……でもみんな帰る雰囲気じゃなくて……」


田鶴屋は一瞬驚いたが、美菜の必死な表情を見ると、何かを察したように口角を上げた。


「さては、配信したいんだな?」


「しっ……!声大きいです!」


慌てて口元に指を当てると、田鶴屋はクスクスと笑った。


「いいね、いいね。俺もみなみちゃんの配信見たいし、帰る理由ができたわ」


「ほんとですか!?」


「大丈夫、俺に全部任せろって!協力して2人で店を出よう」


田鶴屋はいたずらっぽくウインクすると、さっそく計画を実行し始めた。


「おーい、俺もう帰るわー!」


「え、もう?」


スタッフたちが驚いたように振り返る。田鶴屋は軽く肩をすくめて言った。


「今日は疲れたし、帰ってゆっくりするわ。河北さんも一緒に帰るって」


「え、河北さんも?」


(へ、下手だーーー……!!!!??

この人ストレートな事しか言ってない!何が任せろよ!!全然なんか上手いこと帰る雰囲気じゃないじゃん!!寧ろこれなら1人でサラッと帰ればよかった……!頼んだ私を恨むよーーーーー……!)


美菜は若干顔を引き攣らせながらも、バレないように笑顔を作りる。


そのとき、近くにいたスタッフの一人が、冗談めかして言った。


「え、もしかして田鶴屋さんと河北さんって付き合ってる?」


一瞬、場の空気がピリッとした。美菜は「違いますよ!」と即座に否定したが、こういう話題は変に広がりやすい。


(マズい……!)


と、美菜が焦ったその瞬間——。


「ちがうちがう!それなら美菜先輩、もっと照れてるよ!」


千花が明るい声で割って入った。


「それにさ、田鶴屋さんって、もっと分かりやすく彼女にデレそうだし!美菜先輩とは合わないですよー」


「えー、それ普通に傷付く〜ぅ!」


冗談めかしく話す田鶴屋と千花。

その言葉にスタッフたちは「あ〜!確かに!」と笑い出し、場の空気は一気に軽くなった。


「なんだ、そういうことじゃないのか〜」

「変に勘ぐって悪かったな!」


話の流れはあっさり変わり、美菜は心の底からホッとした。


(千花ちゃん……ナイスすぎる……!)



***



一方、その様子を見ていた木嶋と瀬良。


「……あいつって、あんなに空気読めるんだな」


「千花ちゃんって恋愛トーク好きだし、1番に食いつきそうなのにねー」


千花といえば、恋バナ大好き、そしておっちょこちょいで、どこか抜けているイメージが強かった。だが、今日の彼女は絶妙なタイミングで場を仕切り、冗談めかして話をそらした。


「俺、あいつがあんなフォローするの初めて見たかも」


「美菜ちゃんが嫌だと思う事はしたくないって事なぁ?それってもはや愛だよねぇーー!」


二人は感心しつつ、千花のほうを見る。彼女は何事もなかったかのように、「さて、私も帰ろーっと!」と明るく言っていた。


瀬良はふと、美菜と田鶴屋が仲良さげに帰っていく後ろ姿を見て、なんとなく心の奥がざわつくのを感じた——。


(なんで俺じゃなかったんだ……?)


美菜が助けを求めたのは田鶴屋だった。

自分が恋人である以上、自分を1番に頼ってくると思っていたので瀬良は少しムッとしてしまう。


「ちな、今日はゲームできるのー?」


不貞腐れてる瀬良を見ながら、木嶋は様子を伺うように顔を覗き込む。


「あぁ……、できるよ」


「ヤッターーーー!!」


瀬良は美菜との約束が今日はないので木嶋と約束をした。


(ま、こいつも放っておくとめんどいしな)


木嶋はゲームの約束ができ1人ではしゃいでいた。


瀬良は木嶋が意外と嫉妬深いのを知っている。

前にたまたま違うメンバーでワールド・リーゼをプレイしたことを話すと、「浮気者ーーーー!」と大人気なく拗ねてしまった事があった。

瀬良は木嶋のめんどくさいスイッチが入らないように上手く付き合っているのだ。


「じゃ、俺らも帰るか」


「準備出来たらオンラインなってろよー!」


軽く「おつかれ」と挨拶をして、瀬良と木嶋も帰路に着くのだった。


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